ほろ苦くも刺激に ばんえい競馬実況デビュー戦
体重1トン級のばん馬(重種馬)がそりを引いて競い合う「ばんえい競馬」。8月20日、日本中央競馬会(JRA)所属の騎手がばんえい競馬の舞台である帯広競馬場(北海道帯広市)を訪れ、イベントやエキシビションレースに登場する「JRAジョッキーDAY2018」が催されました。筆者もイベントに参加し、競馬実況13年目にして初めてばんえい競馬のレース実況を体験することになりました。
普段、我々が実況している中央競馬や全国各地で行われる地方競馬は、サラブレッドなどの軽種馬の競走ですが、ばんえい競馬は重種馬の競走です。馬たちは騎手を乗せたそりを引いて歩き、直線200メートルのセパレートコースに設けられた2つの小高い障害を越えてゴールを目指します。かつては道内4カ所の競馬場で行われていましたが、現在は帯広でのみレースが開催されています。
JRAジョッキーDAYは毎年8月、中央競馬の騎手たちが帯広競馬場で現役のばん馬に騎乗して、ばんえい所属騎手のサポートを受けてエキシビションレースを行ったり、協賛レースやトークショー、ファンと交流したりするイベントで、今年で12回目を迎えました。筆者はこのイベントのお手伝いとして今年初めて声をかけていただきました。内容はJRA騎手の紹介セレモニーと表彰式の司会、ネットでの生中継の出演、そして「エキシビションレースの実況」。ばんえい競馬実況担当の太田裕士アナウンサー、大滝翔アナウンサーをはじめ関係者が快諾し、実現に至りました。
■「急かない」ことの難しさ
アラフォーに訪れたひと夏の経験、とでもいいましょうか。初のばんえい実況に心躍りました。ばんえい競馬を生で見るのは約10年ぶりでしたが、レースはネット中継などで見ていますし、「普段の中央競馬の実況と大差はないだろう。同じ競馬なのだ」などと気楽に構えていたのです。ところが……。
迎えた当日。中央騎手が登場するエキシビションレースは、通常のレースの合間に2回組まれていました。同日の第1レースの実況を担当した坂田博昭アナに、ばんえい競馬の実況のポイントを質問しました。
「私も当初は、サラブレッドの平地のレースみたいな実況だといわれましたよ。もちろん見えたものをしゃべるのが基本です。そのうえで、なるべく急(せ)かないようにすることが大事です」
急かない。ばん馬のスピード感に合わせてアナウンスすることが肝要なのだと教わりました。後は練習する間もなくイベントに出演して実況席へ駆け込んで、いざエキシビション第1レースの実況――。
ところが、勇んで始めたのはいいものの、最初からつまずいてしまいました。ゲート入りに時間がかかっている様子で、「時間をつながないと」と出走馬を1番から順に読み上げている間に「ガシャン」。ゲートが開いてしまったのです。なんとまあ、いきなり不格好な実況に。一度崩れたリズムはなかなか取り戻せず、ばん馬のスピード感に適応することもできず、メリハリのない実況になってしまいました。
エキシビションレースは負担重量が軽めに設定されているため、通常より決着タイムが速く、スタートからゴールまでは約1分40秒。それでもサラブレッドのレースよりはずいぶんゆっくりです。サラブレッドのレースなら1600~1700メートル戦の決着タイムですが、同じ時間で200メートルしか進まないのですから。ネット生放送の視聴者のコメントにも「速い」「平地レースみたい」とのコメントがありました。坂田アナのアドバイス「急かない」が、想像した以上に難しく感じられました。
■用語やゴール、戸惑いの連続
ばんえい競馬には独特な用語もあります。特徴的なのは「刻む」と「詰まる」。刻むとは、レースの途中に歩みを止めて息を整えること。「詰まる」はサラブレッドのレースでも使いますが、これは馬群に囲まれて進路をなくすという意味。ばんえいではゴール前などで余力がなくなり、止まってしまうことをそう表現します。普段の実況で使わない用語を急に使おうとしてもうまくいきません。頭ではわかっているつもりでも、とっさに的確なタイミングでは発せられないのです。
ゴールのタイミングがいつもと違う点にも戸惑いました。サラブレッドの競走は鼻先が決勝線に到達すればゴールですが、ばんえいは引いているそりの後端が到達した時点でゴールとなります。馬体は決勝線を過ぎているのに、競走の「ゴール」に届いていないというのも普段は味わうことのない感覚でした。他の馬の動きを話している間に先頭の馬のそりがいつの間にかゴールを過ぎていて、まるで締まりのない実況になってしまいました。個人的にはほろ苦い実況デビュー戦となってしまいました。
とはいえ、実況アナウンサーとしては大いに刺激を受けたのも確かです。この年齢になって新たなチャレンジをさせてもらえる機会なんてそうそうありません。事前は軽い気持ちで臨んでいたことを後悔しつつ、エキシビション初戦の反省を踏まえ、第2戦はなんとか滞りなく実況を終えることができました。ああ、もっと入念に準備しておくべきだった。
この日のJRAジョッキーDAYには、中央所属の騎手7人が参加しました(当初参加予定だった横山武史騎手は落馬負傷で不参加)。中でも注目は女性ジョッキー藤田菜七子騎手の初参加でした。当日は多くのファンが帯広に詰めかけ、イベントスペースには幾重もの人垣ができました。藤田騎手もエキシビション第2戦で2着と大いに見せ場をつくり、場内を沸かせました。参加した騎手も来場したファンも、年に一度のお祭りのような一日に終始笑顔だったのが印象的でした。私もイベントの盛り上がりに、少しでも貢献できたでしょうか? もしまた機会をいただけるのであれば、次回はみっちり「調教」を積んでもっといい実況をし、リベンジしたいと思います。
(ラジオNIKKEIアナウンサー 小塚歩)