広島経済、豪雨復興 力強く
広島経済が力強さを見せている。7月の西日本豪雨で大きな打撃を受けたが、マツダを中核とした製造業が復興をけん引、独自分野で圧倒的な強さを見せる個性派企業も多い。さらに広島東洋カープがリーグ首位を独走していることも消費心理を支える。観光地としての存在感も高まっており、インバウンド(外国人観光客)の人気訪問先になりつつある。
ニッチ開拓 世界で勝負 マツダやイズミなど群雄割拠 地域けん引
広島県内には個性のある企業が数多くそろっている。三井E&S造船と5月に業務提携したツネイシホールディングスの常石造船(福山市)など、瀬戸内海の沿岸部には、新造船や修繕船を手がけるドックが集積する。船舶用塗料の世界大手、中国塗料(大竹市)やポンプメーカーのシンコー(広島市)が縁の下の力持ちの役割を担う。
精米機メーカーのサタケ(東広島市)は異物除去や品質評価など食品業界以外でも存在感を示す。主にバレーボールを生産するミカサ(広島市)と、同社を源流にバスケットやサッカーのボールを生産するモルテン(同)はともにゴムボールで高い技術力がある。サッカーのワールドカップロシア大会では多くの主審がモルテン製の笛「バルキーン」で試合をさばいた。
カルビーや家庭用殺虫剤大手のフマキラーは広島が創業の地。「アンデルセン」などで知られるアンデルセン・パン生活文化研究所(広島市)、乳製品のチチヤス(廿日市市)、100円ショップ「ダイソー」の大創産業(東広島市)、オタフクソース(広島市)なども広島から生まれた有名企業だ。老舗の酒蔵では中国醸造(廿日市市)や賀茂鶴酒造(東広島市)がある。
県内の小売業も競争が激しくなってきた。西日本に集中出店するイズミは4月にセブン&アイ・ホールディングスと業務提携し、イトーヨーカドー福山店を継承する。西友からも山口県下松市と兵庫県姫路市の「ザ・モール」2店の運営を継承した。
一方のイオンは広島市内に4月、本格アウトレットモール「ジ アウトレット広島」を開業した。地元の特産品や工芸品をそろえ、アイススケートリンクやボウリング場など娯楽施設も備えた。
広島県内の代表企業、マツダは1931年に三輪トラックの生産以来、5月15日に国内での生産が累計5千万台を達成した。19年から「魂動(こどう)デザイン」を進化させた次世代商品群を投入する。燃費改善した新型ガソリンエンジン「スカイアクティブX」も公開した。
主戦場の米国市場で販売網改革に乗り出した。トヨタ自動車と折半出資で投資する米アラバマ州の新工場で2021年に年15万台のSUVの生産を始める。西日本豪雨で鉄道や道路が寸断され、本社工場(広島市)を中心に生産や物流に一時影響が出たが、生産体制は被災前に戻った。
広島駅 憩いの場に
広島駅周辺が変わろうとしている。昨年10月、駅の2階で北口と南口を結ぶ24時間通行可能な通路が完成し、それに合わせ、駅ナカ商業施設「ekie」(エキエ)が一部開業した。今春には、お好み焼きやカキ料理など広島のソウルフードをそろえた飲食店街もオープンした。
JR広島駅の17年度の1日の乗降客は15万4348人。オバマ前米大統領の広島訪問もあり、世界遺産の原爆ドームや宮島を訪れるインバウンド(訪日外国人)が増えた。エキエは9月6日に瀬戸内の土産や工芸品の店がオープンし、来夏以降に全面開業する。これまでは八丁堀など市内中心部に向かう乗り換え拠点にすぎなかった広島駅は、人々が滞在し、ひとときを過ごす場所になりつつある。
マツダスタジアムで広島東洋カープの試合のある日は、弁当やカープグッズを売る出店が並ぶ。駅からスタジアムへと続く「カープロード」は、赤いカープのユニホームを着た老若男女でにぎわう。
駅と周辺も変貌中だ。駅南口には家電や書店、カフェが融合した「エディオン蔦屋家電」が開業。南口の駅ビル「ASSE」(アッセ)は24年度完成を目指して建て替え、広島電鉄の路面電車が2階に乗り入れる計画だ。南口から2キロ圏内には22年にも米ホテル「ヒルトン」が進出する。
駅北口では20年度末に広島高速5号線が開通し、広島空港へのアクセス性が高まる。JR西日本の広島支社が移転、跡地の再開発に乗り出す。
赤ヘル旋風 元気の源
「平和都市」「路面電車の街」「お好み焼き」……。120万人の人口を抱え様々な顔を持つ中国地方の中心都市である広島市だが、近年急速に強まってきたのが地元プロ野球チームの広島東洋カープを熱狂的に応援する「カープ愛の街」という側面だ。
開放感あふれるマツダスタジアムと若い選手の活躍で「カープ女子」と呼ばれる女性ファンも全国的に急増。カープは今やホームゲームの入場チケットが最も取りにくい球団になった。この熱気とともにチームのロゴやキャラクターをあしらった商品も次々と発売され人気を博している。球団は初のリーグ3連覇を目指して首位を独走中で、地域経済の元気の源となっているほか、西日本豪雨で被災した多くの県民を勇気づける最大の存在にもなっている。
広島市民のスポーツ好きは数字で見ると一段とはっきり表れてくる。市内にはJリーグの強豪、サンフレッチェ広島も本拠地を構えており、2017年の年間の1世帯当たりスポーツ観覧料は全国平均の5倍を超す3900円(2人以上の世帯、総務省家計調査)と断トツの支出額だ。18年のカープは主催試合の観客動員が最速の33試合目で100万人突破しており応援熱は一段と高まっている。
スポーツ愛の高まりは経済にも好循環をもたらす。スタジアムに近いJR広島駅周辺は、近隣都市や遠方からの観戦客でにぎわいを増し、商業施設の集積が進む。もみじ銀行が取り扱う「カープV預金」も今年は2660億円を集めた。主な大型商業施設には、どこにも「カープグッズコーナー」が設けられ、球団の応援歌を店内に流して買い物客の心理を明るくしている。
広島商工会議所の深山英樹会頭は「カープの存在はまさに地元の経済活動の気分を明るくしている。この副次的効果は極めて大きい」と存在の大きさを表現する。県内各地が豪雨被災からの復興に全力で取り組むなかで、カープは経済面でも「4番打者」の活躍を見せている。
鞆の浦「三冠王」 日本遺産・記憶遺産・重要建造物
「鞆の浦が三冠王になった。この価値は改めて認識していい」。広島県福山市の枝広直幹市長は鞆の浦(同市)が5月、日本遺産に認定されたことをこう喜んだ。昨年秋の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)、ユネスコ世界記憶遺産と合わせ、単独地域として初のトリプル認定だ。地元では「観光の呼び水に」との期待も高まっている。
日本遺産のストーリーは「瀬戸の夕凪(ゆうなぎ)が包む国内随一の近世港町~セピア色の港町に日常が溶け込む鞆の浦」。現存する江戸期の石造物で最大級の常夜灯。潮の満ち引きに関係なく船を着けられる階段状の雁木(がんぎ)。波から船を守る波止。船を修理する焚場(たでば)跡。船の出入りを監視する船番所。これら江戸期の港湾施設が5点すべて残る港町は全国でここだけという。
昨年まで微減傾向だった観光客が今春は増加に転じるなど三冠効果は出始めていた。
西日本豪雨で再び旅行者は急減したが、8月下旬には官民で構成する「鞆の浦魅力発信協議会」の議論も始まり、改めて観光立て直しの動きが本格化している。鞆の浦観光情報センターの片岡明彦さんは「常夜灯だけで満足して帰ってしまう人も多いが、もっと深く鞆の魅力を知ってほしい」と案内に力を入れる。
鞆の浦は、京を追われた室町幕府最後の将軍、足利義昭が再興を期して亡命した土地だ。最近、義昭が伊勢国(三重県)の武将にあてた帰京への助力を求める手紙も見つかった。さらに足利尊氏が新田義貞追討の院宣を受けた地でもあり「室町幕府は鞆に興り、鞆に滅んだ」と言う人もいる。今後はこうした歴史の数々や29項目の日本遺産を「どうやって楽しむか」といった発信力も問われそうだ。
懐かしい風景の数々は開発から取り残されてきた証しでもある。幹線道路でさえ車のすれ違いは難しく、登下校時は子どもたちも息を抜けない。広島県は現在、バイパスとしてのトンネル計画を進めている。「鞆の浦はまず第一に地域の人々の生活の場。住民主体のまちづくりを進め、その上で観光客も楽しめる環境を整備していく」(福山市)。地域住民と一体となった観光振興が求められている。
観光に大型新人 ウサギ・「この世界の片隅に」
広島県内の観光地は2017年、過去最高のにぎわいをみせるところが相次いだ。16年に当時のオバマ米大統領が訪問した平和記念公園や、厳島神社のある宮島は外国人観光客の定番ルートとして定着。この世界遺産を持つ「横綱」観光地以外にも、近年急速に脚光を浴びる「新顔」も台頭し始めている。
700羽の野生ウサギの楽園として、急速に外国人客らの人気スポットになってきたのが大久野島(竹原市)だ。ウサギとのふれあいを楽しみたいとこの島をめざす観光客が急増中で、昨年は40万人の来島を記録した。豪雨被災でで最寄りのJR呉線は運行見合わせが続くが、8月半ばから代行バスの運行が始まり再び観光客が戻りつつある。
今年春公開の映画「孤狼の血」のロケ地となった呉市。16年に公開されたアニメ映画で、テレビドラマの放映も始まった「この世界の片隅に」では軍港都市だった戦前の街並みが描かれ、映画の世界を感じたいと訪れるファンは多い。市では映画の主人公の家があったとされる山の中腹に公園を整備する。
尾道市と瀬戸内海の島々、愛媛県今治市とを結ぶ全長約70キロの「しまなみ海道」はサイクリストの聖地として定着しており、地域経済を活性化させている。
AI・IoT 人材を集積 湯崎知事に聞く
広島県は今、西日本豪雨からの復旧へ向けた取り組みを加速させている。被災した中小企業や観光業などへの影響も残る中、今後どのように地域経済の回復、発展へとつなげていくのか。湯崎英彦知事に広島県の現状や目指す方向性を聞いた。
――豪雨災害からの復旧復興への取り組みは。
「今回の豪雨は西日本にまたがる広範囲に大きな被害を引き起こし、災害に対する考えを根本から覆すものだった。まずは被災者の生活支援などを最優先に取り組んでいる。呉など被害が大きい地区は、今後の道路や河川の復旧や被災者支援など生活再建の工程を策定、提示した。復旧は着実に進めていくが、被害の大きさを考えると相当の時間はかかるだろう。日常を取り戻し、そこからさらに発展していくための基盤作りを入れ込んだ中長期の復旧復興プランを9月上旬にも公表する」
――経済への影響は。
「観光のピーク期で宿泊キャンセルなど大きな影響が出ている。国と連携し、被災工場や店舗の復旧へ向けてはグループ補助金、被災地近辺を周遊する旅行者に対し宿泊費を割り引くなど風評被害を防ぐ制度も整ってきた。観光や経済活動の停滞が長引かないように全力で支援していく」
――地域経済の今後の成長・発展に向け注力することは。
「広島県では今年度、新たな産業創出に向け人工知能(AI)などを活用して地域課題を解決する『ひろしまサンドボックス』に取り組んでいる。AI、あらゆるモノがネットにつながるIoT利活用促進に今後3年で最大10億円を支援する。広島はIT(情報技術)を積極的に活用する企業はまだ一部。ものづくりの変革、第4次産業革命への対応を促す刺激が必要だ。AI、IoT技術を使って企業の生産性向上や地域課題を解決するアイデアをもっている事業者に、実証実験の場を提供している」
――サンドボックスに期待する効果は。
「新時代の技術の情報、知見、人材の集積だ。実験が成功して広島発のソリューションが生まれ、広島に定着するエンジニアや企業が出てくることも期待したい。それにより広島で新しい産業が生まれ、刺激を受けて既存産業も進化する。実験の成功、失敗は問わない。『広島でおもしろいことやってるな』と認識してもらえれば、求心力も生まれる」