浅利慶太さんが死去 演出家、劇団四季を創設
劇団四季の元代表で演出家の浅利慶太(あさり・けいた)さんが7月13日午後5時33分、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。85歳だった。連絡先は浅利演出事務所。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は妻、玲子さん。
慶応大在学中に、東京大の学生らと劇団四季を結成。フランス文学作品を公演し、西欧の演劇伝統を受け継ぐ新しい演劇運動を展開した。1970年代からミュージカルの翻訳上演を始め多数の観客を動員、日本に定着させた。主な演出・製作作品に「ジーザス・クライスト=スーパースター」「キャッツ」「ライオンキング」「オペラ座の怪人」などがある。
近年はミラノ・スカラ座での「蝶々夫人」(85年)や「トゥーランドット」(2001年)の演出、オーストリア・ザルツブルク音楽祭の歌劇「エレクトラ」(96年)の演出のほか、98年には長野冬季五輪の開閉会式の総合プロデューサーとして演出を手掛けるなど幅広く活躍。
アビアッティ賞(イタリア音楽批評家賞)、日本シェイクスピア賞シェイクスピア演劇賞など受賞多数。
14年6月、高齢を理由に劇団四季代表を退任し、演出家に専念するとしていた。