国境なき決済基盤 ブロックチェーンで構築
(アントレプレナー) Omise 長谷川潤社長
Omiseホールディングス(オミセHD)はタイを拠点にブロックチェーン(分散型台帳)技術で様々な価値交換のプラットフォーム構築を進める。もともとは電子商取引(EC)でスタートしたが、決済システムの可能性に賭け事業を急転回した。「小さなリスクより大きなリスクを取る方が成果も大きい」と話す長谷川潤社長(37)。決断力が真骨頂だ。
開発に取り組むブロックチェーン技術「OmiseGO(オミセゴー)」は、航空会社のマイレージなどのポイントやゲームアイテムなどのあらゆるデジタル資産と法定通貨、ビットコインなどの仮想通貨が安い手数料で瞬時に交換できるプラットフォームだ。
誰もが利用できるオープンソースとして既に一部機能を公開済みだ。長谷川氏は「海外でも(交通ICカード)スイカが使えるかもしれない。規制を前提にしなければ為替交換も必要なくなる」と思い描く。
17年7月には開発資金に充てるためトークン(デジタル権利証)を発行し、世界の投資家から2500万ドル(約28億円)を調達した。当初予定していた募集価格の15倍以上の応募があったが「身の丈以上の調達をしても責任が持てない」と上限値を設定。投資家の期待の大きさを物語る。
米フォーブスのタイ版にフィンテック分野の注目経営者として取り上げられた長谷川氏。ベンチャーキャピタル(VC)のグローバル・ブレイン(東京・渋谷)百合本安彦社長も「アジアで起業した日本人として最も成功した事例」と評する。10代の頃から常識にとらわれない考え方を貫いてきた。
「このまま進学してもつまらないな」。高校卒業を控えた長谷川氏はもやもやとした思いを抱えていた。親に伝えたところ、米国行きの片道チケットを渡された。英語はまったく話せなかったが、親のつてで米国シアトルの中堅IT(情報技術)企業に勤め、ウェブ作成などのプログラミングを学んだ。
その後独立しホームページ(HP)制作などを請け負った。約10年後に帰国しウェブマーケティングを手掛ける傍ら、日々の出来事を時系列に書き残す個人のブログサービス「LIFEmee」で創業。米事業コンテストに登壇した4カ月後に、米フェイスブックが似たようなタイムライン機能を発表したという。
その後もクーポンサービスなどで起業したが、どれもスケールアップが難しかった。大型の資金調達の難しさが一因だ。日本のスタートアップ投資額は米国の1%前後とされ、加えて「日本は全ての面で決断が遅く大企業のルールで動くガラパゴス市場だった」
迷いを感じていた13年ごろ、たまたま連絡を取ったタイの友人から、同国のネット通販事情についての話を聞いた。可能性を感じた長谷川氏は「動かない理由はない」と翌月にはタイでオミセを創業。ECサービスの開発事業でスタートした。
ところがECの決済システムの構築部分が難しく「むしろ決済システムをビジネスにしたほうが面白いのでは」と思うようになる。7カ月かけて開発したECサービスをあっさり捨て、決済システム特化を決断した。
東南アジアはカード決済比率が3割強で、米国市場の半分に満たない。オミセは現金決済など現地の消費者の行動様式に合わせたシステムで需要を急速に取り込んだ。
昼夜忘れて作業に没頭し「6回も病院送りになった」が、結果はついてきた。現在、同社の決済システムは全世界で数千社が使う。
ブロックチェーン開発への参入も長谷川氏の決断力による。15年に従業員が「イーサリアムというブロックチェーンスタートアップが現金で10万ドルの振り込みを要望してきています」と報告してきた。今でこそ仮想通貨のイーサリアムはビットコインに次ぐ世界2位の時価総額を誇るが、当時は一部の人々による利用に限られていた。だが、長谷川氏の嗅覚は鋭く反応し、出資を即決した。
オミセゴーはイーサリアムの技術基盤をもとにしており、様々な分野に応用しやすいのが特徴だ。開発の最終コーナーを迎え、ブロックチェーン技術者を中心に社員数を1年半前の2.3倍の約180人に増やした。
6月には渋谷にブロックチェーンに特化したコワーキングスペースを開設。不足する技術者を育成しブロックチェーンのエコシステム(生態系)を構築する考えだ。
長谷川氏は海外での創業の利点について「人材が豊富。資金調達の規模が大きい」と話す。その上で「最終的には日本の活力につながるような、世界で存在感のある大きな経済圏を作りたいという思いがある」。未来の予想にたける起業家の目には、デジタル基盤をもとに国境を超えて自由に決済できる世界が広がっている。 (京塚環)
[日経産業新聞 2018年7月6日付]