決勝T懸け「ギャンブル」に勝った西野監督
サッカージャーナリスト 大住良之
サッカー日本代表にとってのワールドカップ・ロシア大会は、後に「ギャンブルに出て勝った」大会として記憶されることになるかもしれない。
第1のギャンブラーは日本サッカー協会の田嶋幸三会長である。4月に敢然とバヒド・ハリルホジッチ監督を解任し、当時技術委員長だった西野朗氏を新監督に据えた。
西野監督で勝てなければ、田嶋会長は大きな批判にさらされたことだろう。だが西野監督は幸運のしっぽを見事につかみ、日本代表を2002、10年に続き、3回目のワールドカップ「ベスト16」に導いた。
そして何よりも最大のギャンブラーは西野監督である。
6月28日の1次リーグ最終戦のポーランド戦。59分にFKから先制点を許し、日本の決勝トーナメント進出に暗雲が漂った。それから試合終了まで追加タイムを入れての35分間ほどは西野監督の人生で一番長く、そして一番短かったに違いない。
追いつかなければならない。当然、攻撃の切り札の投入である。前半にはよい動きを見せていた宇佐美貴史に代えて乾貴士を送り込む。だがポーランドの守備は堅い。
人数をかけて攻め上がった日本に対しポーランドが強烈なカウンターを繰り出し、右からの速いクロスに合わせたFWレバンドフスキのシュートがわずかにバーを越えたのが74分。ちょうどそのころ、北西に約630キロ離れたサマラで行われていた試合で、コロンビアが先制点を挙げたという知らせがもたらされた。
■「フェアプレーポイント」に託す
ここが西野監督にとっての勝負どころだった。第2戦を終わった時点で首位に並んだ日本とセネガルは1勝1分けの勝ち点4。得点4、失点3で完全に並んでいた。直接対決も2-2の引き分けだった。両試合が0-1のままだったら、ワールドカップ史上初めての「フェアプレーポイントによる順位決定」となる。イエローカードに1、レッドカードに3のポイントをつけ、3試合の合計ポイントが少ないほうが上位になるというシステムである。2試合目までのイエローカードは日本の3に対してセネガルが5。この日、日本はDF槙野智章がイエローを1枚もらったものの、まだ日本のほうが優位だった。
セネガル―コロンビア戦が0-1のまま終わるとは誰にもいえない。追加タイムを入れて残り20分。だが80分を過ぎてコロンビア―セネガル戦のスコアが動かないことを知ると、西野監督は決断を下す。
この時点で、日本はすでに2枚の交代カードを使ってしまっている。後半立ち上がりにFW岡崎慎司が足を痛めてFW大迫勇也と交代していたからだ。残り10分、私は当然、香川真司か本田圭佑だと思っていた。しかし西野監督がFW武藤嘉紀に代えて送り出したのはMF長谷部誠だった。82分のことである。
長谷部の投入にも驚いたが、それ以上に驚いたのは、その長谷部がアンカーに入って4-1-4-1システムとしただけでなく、ボールを欲しがる前線の選手たちに「このままボールを保持して0-1で終わらせよう」と盛んに指示し始めたときだった。
西野監督はこのままのスコアで試合を終わらせ、1次リーグ突破を「フェアプレーポイント」に託そうとしたのだ。このままのスコアで終わらせることができてもセネガルが同点にしてしまえば無に帰す。それを0-1のまま終わらせることに、西野監督は懸けたのだ。
何という大胆さだろうか。
その後、日本はパスを回すだけで攻め込むことはなく、気配を察したポーランドも1-0であれ勝利を持ち帰れることに満足し、無理に取りにこようとはしなかった。場内はブーイングに包まれたが、追加タイム3分も過ぎて0-1のまま終了。そのころ、サマラでは追加タイムが4分間あり、セネガルが懸命にコロンビアのゴールに立ち向かっていた。だがその努力もむなしく0-1のまま終了。これにより「フェアプレーポイント」(この名称にはややそぐわないが……)で日本がH組2位、セネガルが3位となった。
■「こういう戦いもあるのかと…」
「プランになかった厳しい選択だった。万が一の状況が起こるのをこちらでは阻止できても、向こうの試合では何もできない。『他力』を選んだのは、ただただグループを勝ち抜くため。ワールドカップではこういう戦いもあるのかと、自分自身で改めて感じていた」
試合後、西野監督は笑顔を見せずにそう話した。
ハリルホジッチ監督を解任して西野監督に託したこと、西野監督が選手を選び短期間でチームをまとめ上げたこと、そして「ベスト16」を見据えてのこの勝負度胸。すべて「ギャンブル」のようにみえる。しかし当事者たちにとっては、考えに考えた末の勝負であり、田嶋会長や西野監督は間違いなくベスト16進出という「勝利」をつかんだ。大会前に「『オールスター』のサッカー日本に勝算は見えぬ」と書いたが、それが誤りであったことを私は素直に認めなければならない。
だが、できるならば、ここでもう1歩進んでほしい。決勝トーナメント1回戦で当たるベルギーは、個人としても組織としても恐るべき攻撃力を持ったチームだが、それを倒して新しい歴史を築いてほしいと思う。
「ベスト16は過去に2回ある。しかしそのいずれも、すべてを出し尽くしてベスト16という形だったように思う。今回は今まで以上に『切りひらく』というスピリットを期待したい。すべてを出してこの試合に向かっていきたい」(西野監督)
7月2日午後9時(日本時間3日午前3時)キックオフのロストフナドヌーでの一戦で、勇気あふれるアグレッシブな戦いを見せてくれることを期待したい。