香港の超人、CKハチソン 後継者は二人三脚
香港の大物実業家、李嘉誠(89)氏がグループ中核企業の長江和記実業(CKハチソンホールディングス)と長江実業集団(CKアセットホールディングス)の主席から退いて1カ月が経過した。経営を引き継いだ長男は共に李氏に長年仕えてきた腹心の存在もあり、おおむね順調なスタートを切った。経験豊富な2人だが、「超人」として知られるカリスマから受け継いだ事業には難題も待ち受ける。
不動産大手のCKアセットと、通信やインフラ、エネルギー、小売りなど幅広い事業を担うCKハチソンの傘下の長江基建集団と電能実業を加えたグループ3社は13日、オーストラリアの大手ガスパイプライン運営会社、APAグループに買収を提案したと発表した。約130億豪ドル(約1兆600億円)を投じ、全株式の取得を目指す。
CKアセットはさらに翌14日、ロンドン中心部の高級オフィスビルを10億ポンド(約1450億円)で取得したと発表した。
いずれもポスト承継後に長男の李沢鉅(ビクター・リー、53)氏が繰り出した最初の大きな一手だ。父親の時代に敷いた、豪州、欧州、カナダに重点投資する戦略の継続を明確に示した。
李嘉誠氏が上級顧問に退いた5月10日、記者団に「ビクターは30年以上、私の後についてきた。うまくやるはずだ」と語っている。正式な後継者指名こそ2012年春の株主総会直後だったが、ビクター氏はずっと父親の傍らでグループ経営を身をもって学んできた。
父の腹心と共に
「またその質問か?」5月31日にCKハチソン傘下の流通子会社ASワトソンの新型店舗のお披露目に現れたビクター氏は、父親引退後の経営について問われ「大きな変化はないし、近い将来も変わらない」とややうんざりした様子で語った。
そう言い切れるのは、ビクター氏よりも長く父親の大番頭として活躍してきた霍建寧(キャニン・フォック、66)氏の存在が大きい。複数のグループ企業のトップを務める同氏は、経営の節目節目で力を発揮してきた。
15年に当時の中核企業2社、長江実業集団とハチソンワンポアの再編を主導したのも霍氏だ。長江実業がハチソンワンポア株の49.9%を保有する親子関係から、李嘉誠氏及び一族が株式をそれぞれ約3割持つ不動産会社とそれ以外の事業会社に大きく二分。過去のM&A(合併・買収)の経緯から両社に分散していた事業を集約するなど複雑な構造を整理した。
「投資家は以前よりはっきり事業が見えるようになり、企業価値の評価をしやすくなるだろう」。事業継承への道も開いたグループ再編を当時、霍氏はこう語っていた。
グループの危機では矢面に立つ。13年春に勃発したグループ会社の港湾労働者による40日に及んだストでは、霍氏が記者会見し労働組合を批判。香港中心部にある本社前で、李嘉誠氏を悪魔に模した写真を掲げるなど連日抗議するスト参加者や支持者らを「文化大革命式の振る舞い」と決めつけた。1997年の返還以来、香港で最長となった争議を、9.8%の賃上げなどで解決させた。
金融市場では経営安定の要とみなされる。米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスの全佳氏は「李嘉誠氏の次に我々が思い浮かべるのは霍建寧氏」という。
特別な地位を反映し、霍氏は香港で最も収入の多い雇われ経営者の一人として知られる。昨年は2億1千万香港ドル(約29億5千万円)と、ビクター氏をも上回る。
市場やや不安視
それでも、「超人」と称された父親が約70年にわたって築き上げた信用や名声といった無形の経営資産は容易に引き継げない。香港の財閥の中では最もグローバル化が進んでいるとはいえ、主力の不動産事業の先行きには慎重な見方が多い。
香港で広がる一方の格差問題では、常に標的にされやすい存在だ。労働組合が行った労使間の所得格差拡大に関する最近の調査で、やり玉に挙がったのがCKハチソン。霍氏と傘下のスーパーの店員の給与格差は1462倍になると指弾した。
株式市場もやや不安げで、CKハチソンとCKアセットの株価は李嘉誠氏の引退表明から6月20日まで、それぞれ12.9%、7.4%下げた。5.7%安のハンセン指数より下げがきつい。
同族経営の研究が専門の香港中文大学の范博宏教授は「事業の継承は、同族企業にとって最ももろい時期だ」と指摘している。
(編集委員 川瀬憲司)