欧中カナダ7月報復 米国発の貿易対立、出口見えず
【ワシントン=河浪武史】トランプ米政権が中国への制裁関税を7月に発動すると表明し、両国はいよいよ貿易戦争の瀬戸際に立った。中国は報復措置を講じると即座に打ち出し、両者の対立は出口が見えない。欧州やカナダも米国の鉄鋼輸入制限に反発し、7月に報復関税を発動する。米国発の貿易戦争は地球大に広がり、世界景気の大きな下振れリスクとなる。
「500億ドル(約5兆5千億円)の対中関税を課すことになる。長年、不公正に扱われてきたんだから、これはやらなきゃいけないんだ」。トランプ大統領は15日、ホワイトハウスで記者団に繰り返し語った。
米国が問題視するのは中国の知的財産権の侵害だ。「米企業に技術移転を強要している」(トランプ氏)などとして、500億ドル分の中国製品に25%の関税を課す。制裁規模は中国からのモノの輸入額(年5千億ドル)の1割に相当。産業ロボットや電子部品などは対米輸出のシェアも大きく、生産拠点が集中する中国沿岸部などは雇用面の打撃が避けられない。
もっとも、中国当局はトランプ氏が関税発動を表明した直後、16日午前2時という異例の時間に同じ500億ドル分の米国製品に報復関税を課すと発表。対中輸出の依存が高い米国産大豆や自動車などに狙いを定め、一歩も引く気配がない。中国は5月中旬に米国産農産物やエネルギーの輸入を増やすと表明したが、1カ月で計画を撤回した。
米経済界からは懸念の声が噴出する。全米小売業協会のマシュー・シェイ最高経営責任者(CEO)は「関税で中国の横暴を止めることはできず、物価上昇が米家計を圧迫する」と批判した。報復対象となる大豆農家も「食物を武器にした貿易戦争は数百万人の米農家の大きな懸念だ」(アイオワ大豆協会のビル・シップレー会長)と嘆く。
トランプ氏は「中国が報復措置に出れば、さらに追加関税を課す」と圧力を強める。米当局は制裁関税を1000億ドル分積み増す検討を開始。調査会社のオックスフォード・エコノミクスは両国の制裁規模が1500億ドルになれば「米中とも国内総生産(GDP)が0.3~0.4%下振れする」と懸念する。
対立は米中間に収まらない。欧州連合(EU)とカナダは米国の鉄鋼・アルミニウムの追加関税に反発し、大型二輪車などの米国製品に7月から報復関税を課すと表明。米国発の貿易戦争は一気に世界大に拡大する。
経済協力開発機構(OECD)は米欧中の関税引き上げで貿易コストが1割上昇すれば、世界のGDPが1.4%下振れすると予測する。全米商工会議所の内部資料では、米国も米欧中の貿易戦争で60万人超の雇用減に見舞われるという。
トランプ氏が景気リスクを侵して強硬措置に突き進むのは、米国がなお「ディール(取引)」でカードを持つからだ。中国とは通信機器大手、中興通訊(ZTE)の制裁見直しで合意したが、引き続き最大手の華為技術(ファーウェイ)への制裁をちらつかせる。中国企業の対米投資を制限する新たな措置も検討。7月6日の関税発動まで中国を激しく揺さぶる。
日欧カナダには、自動車関税の引き上げという切り札がある。米商務省は安全保障を理由に自動車にも追加関税を課す検討を開始。政権には「11月の中間選挙前に発動を決める」との声がある。
米国の自動車輸入額は3600億ドル(部品含む)と輸入全体の15%を占め、鉄鋼(輸入の1%強)などの比ではない。日本車の価格が2割上昇すれば、対米輸出が半減して日本のGDPを0.6%押し下げるとの民間試算もある。米国も自動車価格の上昇でGDPが0.5%下押しされるとの分析があり、米国内外の景気への影響は甚大だ。
輸入制限によって米国内の鉄鋼価格は1月から4割も上昇し、産業界からは悲鳴が上がる。ただ、米政権関係者は「トランプ大統領は支持基盤の労働者に報いる必要がある」と話す。実際、米国製鉄鋼の出荷増でUSスチールはイリノイ州の高炉を再開し、雇用も800人規模で増やすという。11月の中間選挙を控えて「米国第一主義」は止まりそうにない。
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