ナダル、当意即妙の受け答えと知識も「王者」
全仏テニス、珍問答も名言も
テニスの全仏オープンはラファエル・ナダル(スペイン)の2年連続11度目の戴冠で幕を閉じた。コート上に負けず劣らず、いつにも増して盛り上がったのが試合後の記者会見だ。
四大大会の記者会見は面白い。トップ選手の強烈な個性に加え、世界中から集まる記者の関心は多岐にわたる。暗黙の前提や「空気」が存在しないから、通り一遍のやり取りで収まらない。試合の話もほどほどに、コート外での話題や時事ネタにまで及ぶ珍問答は時に笑わせ、時に名言を生む。
■セリーナ「強い母象徴するウエア」
出産を経て復帰を果たしたセリーナ・ウィリアムズ(米国)はウエットスーツのように全身にフィットした黒のウエアに関心が集まった。「なぜあのような普通じゃないウエアを着ているのか?」「大会側からは何も言われないのか?」。相次ぐ質問に女王はのたまった。「普通って何? 誰かがルールを決めているの? ファンタジー好きな私はあのウエアを着るとスーパーヒロインになった気がする。出産後に血栓の問題が出てきたけれど、あのフィット感は動きをよくする機能性もある。『強い母』を象徴するウエアといえるわね」
帰還した女王の余波は他の選手の記者会見にも及んだ。過去2勝19敗とやり込められているマリア・シャラポワ(ロシア)のその一コマ。「セリーナのウエアをどう思うか?」。「(ウエアを提供している)ナイキがコメントを出しているでしょう」。「ファッション性という観点からどう思うか?」「まぁ、個性や人との違いをああいう形で表現できるというのもテニスの素晴らしいところだとは思うわ」。微妙な反応を示したスタイリッシュなこちらの元女王との再戦が、S・ウィリアムズの体調不良による棄権でニアミスに終わったのは実に残念である。
子ども同士の誕生日が近く、S・ウィリアムズと親交がある男子元世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)もコメントを求められた。「母になったプレーヤーが復帰するのは、男子プレーヤーが父になる以上に難しいと思うか?」「そう思う」「なぜそう思うか?」。執拗な突っ込みに元王者はややたじろぎながらも答えた。「いや、それは明白ではないだろうか。妊娠と出産、その後の体調の変化など。様々な壁を乗り越えたセリーナは史上最高の女性アスリートだと思う」
礼儀正しいジョコビッチが意外な顔をのぞかせたのが再三の好機を逃して世界ランキング72位のマルコ・チェッキナート(イタリア)に敗れた準々決勝の後だった。プレスセンターに直行すると、通常は1時間~1時間半後をめどに組まれる記者会見を今すぐ、テレビカメラなどが少ない小部屋でやると主張。メイン会場を使ってほしいという関係者の要請に耳を貸さず、小部屋の鍵を開けさせ、いら立ちを隠さず応じた。
■ジョコビッチの「公の仮面」が…
「今大会では不振だったノバクが戻ってきたという声も出ていたが?」「ロッカールーム。それが僕が戻った場所だ」「求めるレベルを取り戻すのは難しいか?」「人生の多くのことは難しい」「もう少しはっきり話してもらえないか?」「できない。申し訳ないが、無理だ。いまはテニスのことは考えられない」
記者会見を仕切る関係者はその翌日「まれにではあるが、ジョコビッチは公の仮面が滑り落ちる瞬間がある」と明かした。厳しい勝負の世界で頂点に君臨し続けた元王者の苦悩と素顔がのぞいた瞬間でもあった。
大会の主役ナダルは発言にも味があった。「自分の強みを1つあげるなら何か?」「ひとつの要素、プレースタイルだけで全仏は勝てない。強いていうなら、時と場合に応じていろいろなプレーができる対応力ということになる」。質問者の誤解を指摘しつつ、質問にも的確に答えている。大会期間中に辞任が明らかになったレアル・マドリードのジネディーヌ・ジダン監督に感謝と賛辞を送り、首相の不信任案が可決するなど混迷するスペイン政局について聞かれると、「意見はあるが、もう少し様子を見た方がいい」と切り出しつつ熱く語り始め、再選挙の必要性を訴えた。
大会中盤、トップ選手に片っ端から「会場名が由来するローラン・ギャロスがどんな人だったか覚えているか?」と尋ねた記者がいた。大半の選手の反応は「詳しく知らない」というものだったが、ナダルは「覚えているわけないじゃないか。だって会ったことがないのだから」。会場を笑わせた後、「僕が間違っていなければ、パイロットだ」と答えた。
ローラン・ギャロスは世界で初めて地中海横断に成功し、第1次世界大戦でも戦ったフランスの英雄的なパイロット。当意即妙の反応と知識でも、ナダルは全仏の王者だった。
(吉野浩一郎)