五転六転したG7会議 トランプ氏、首脳宣言を反故
【シャルルボワ=河浪武史】8~9日の日米欧主要7カ国(G7)首脳会議(シャルルボワ・サミット)は、首脳宣言の発表で協調を演出したはずが、閉幕から3時間でトランプ米大統領がひっくり返す異例の展開となった。米国の鉄鋼輸入制限に批判が集中し、G7会議は二転三転どころか五転も六転もしながら紛糾。かえって「貿易戦争」のリスクが膨らんだ。
「首脳宣言を承認しない。自動車の関税措置を検討するためだ」。サミット閉幕から3時間足らずの9日夜、トランプ氏は米朝首脳会談への途上でツイッターで突如表明した。「膝詰めで議論を重ねた」(安倍晋三首相)はずの首脳宣言は、あっという間に反故(ほご)にされた。
直接のきっかけは議長国カナダのトルドー首相の記者会見だ。米国が鉄鋼輸入制限をカナダや欧州連合(EU)へ広げたことに反発。7月に報復関税を課すと表明した。トランプ氏はそれにかみついて「トルドー氏はG7会議中はおとなしかったが、自分がいなくなった後に『米国の関税は侮辱的だ』と言った」と激しく不満をぶつけた。
伏線はいくつもあった。米国が鉄鋼輸入制限を広げた1日、まずG7財務相会議が大荒れとなった。議長国カナダは米国に「失望と懸念」を表明。6カ国の総意としてムニューシン米財務長官に「トランプ氏に伝えるように」と申し渡した。
報告を受けたトランプ氏は、サミットの出席を渋ったという。ペンス副大統領を代理で送り込む案も検討。最終的には途中退席して米朝首脳会談に向かう「G7軽視」の日程でトランプ氏が参加することになった。首脳宣言の調整は進まず「全くの白紙」(日本側外交筋)で開幕日を迎えた。
「G7は関税ゼロ、非関税障壁もゼロにしようじゃないか」。8日、現地到着が1時間ほど遅れたトランプ氏は、巨額の貿易赤字に不満を募らせてサミットでも持論を主張した。「でも一方的な輸入制限は認めない」。マクロン仏大統領らはトランプ氏に反論し、会議は冒頭から紛糾した。
決裂すればG7内で報復関税の応酬に突入しかねない。動いたのはメルケル独首相だ。8日朝、フランス、イタリア両国首脳に「米国と新たな対話の枠組みを提案する」と告げて了解を得ていた。トランプ氏はメルケル氏の「米欧新協議」を受け入れ、G7はわずかに協調へと動き出した。
ただ、夜に首脳宣言の最終調整を始めると、再びG7は分裂した。欧州勢は署名の条件として「多国間ルールによる貿易の推進」を明記するよう求めた。世界貿易機関(WTO)ルールに抵触しかねない米国の輸入制限を封じるためだ。トランプ氏は「受け入れられない」と拒否。G7は再び袋小路に迷い込んだ。
翌9日朝、メルケル氏側が写真共有サイトに投稿した一枚がある。6カ国首脳が腕を組むトランプ氏を取り囲み、説得するシーンだ。各国は同氏の主張にも寄り添い「関税引き下げで努力する」などと首脳宣言に盛り込む案を提示していた。
それでも首を縦に振らないトランプ氏。折衷案を出したのは安倍氏だった。「『自由で公正なルールに基づく』ならいいだろう」。WTOルールを連想させる欧州案の「多国間ルール」との文言を微妙に修正し、トランプ氏も「シンゾーの案に従う」と最後は折れた。
ただ、トランプ氏の妥協は、もともとG7の首脳宣言を軽視していた姿勢の裏返しともいえる。同氏はG7を途中退席して急きょ記者会見に臨み「不公正貿易から米国を守るためなら、どんな手段も採用する」と関税発動を正当化した。さらには「首脳宣言は承認しない」と自動車関税の発動に言及する9日夜の表明につながっていく。
市場はG7に「貿易戦争」の回避を期待したが、かえって「1対6」の亀裂の深さを露呈する最悪の結末となった。報復関税を掛け合う「貿易戦争」に突入すれば、米国も欧州勢もカナダも産業・雇用に実害が及ぶ。メルケル独首相は10日、現地テレビに「ツイッターで首脳宣言を撤回とは、驚いたし落胆もした」と述べ、EUが米国への報復関税の準備に入っていると指摘した。G7がこのまま打開策を見いだせなければ、歴史に汚点を残すサミットと評価されかねない。