指導の第一歩は選手とのコミュニケーション
スポーツライター 浜田昭八
日本大学と関西学院大学のアメリカンフットボール定期戦で起きた、日大選手による悪質タックル事件が大騒ぎになっている。問題をこじらせた原因のひとつに、日大指導陣と選手との間のコミュニケーション不足が挙げられる。
関学大の司令塔であるクオーターバック(QB)の選手を、開始直後の「1プレー目で潰せ」と日大指導陣。それは試合ごとに指示している「厳しく当たれ」という意味だったという。だが、選手は標的にした相手がけがをするかもしれない「潰せ」だと受け止めた。
■球界にもさまざまな「乖離」
この行き違いは両者間に生じた「(乖離(かいり)」だったと表現され、流行語になりそうなほどメディアに露出した。これほど極端ではないが、プロ野球界にも監督、コーチと選手との間に、さまざまな「乖離」が見受けられる。
たとえば若手投手の配球に注文をつけるときだ。指導陣は「ぶつけたらゴメンなさいでいけ」と言う。死球になるのを恐れず、厳しく打者の内角をつけと尻をたたくのだ。まさかそれで「死球OK」のお墨付きをもらったと思ったわけではないだろうが、本当にぶつけてトラブルになったこともある。
そんなときに、相手チームのベースコーチが「向こうのベンチで、ぶつけろと騒いでいた」と注進し、騒ぎが大きくなったことがあった。これは乖離というより、ただの聞き違いだっただろう。投手にとっても走者を出すリスクを負いたくないし、他人の肉体を痛めつけるのも後味が悪いだろう。
その昔のプロ野球には、西日本出身選手が圧倒的に多かった。どの球団でも関西風イントネーションの話し言葉が"共通語"になっていた。東北出身や北海道出身の選手は首脳陣とのコミュニケーションどころか、日常会話でも戸惑った。山形県出身の故皆川睦雄氏(元巨人、近鉄コーチ)は高校を出てすぐに南海入りしたとき、大阪弁になじめず無口になったと回想していた。
近年は出身地が全国に散らばり、メディアも発展してきた。テレビ、ラジオの中で関西弁をにぎやかに話す吉本興業の芸人の存在も大きく、野球選手が言葉の問題でコミュニケーション不足に陥ることはほとんどなくなった。
それでも、首脳陣の罵声に落ち込む選手の姿は、昔も今も変わらない。失敗や怠慢をなじる語句は「ばか」「アホ」から「どアホ」「あほんだら」など多彩。語勢にもよるが、日ごろのコミュニケーションが密ならば、罵声も一種の愛情表現になるのではないか。
言葉の面での乖離より怖いのは、首脳陣が権力者になり、選手がもの言わぬ隷属者になることだろう。選手は1軍で試合に出場しないことには稼げない。そのため、自分を殺していい子になろうとする。チームの方針には従わねばならないが、自分に合わないという育成方針には、穏便に異議を唱えるべきだろう。
■まず正確に人間像把握してこそ
首脳陣も"こわもて"一方では通用しない。
昨今はパワーハラスメントに対する周囲の目が厳しい。中日、阪神、楽天の故星野仙一元監督は荒っぽい言動で有名だったが、怒った後のフォローが実に巧みだった。きつく当たるのは力を認め、期待しているからだという空気を強く示した。
コーチにも同じ姿勢が求められる。楽天・佐藤義則コーチは阪神、ソフトバンクなど延べ6球団で投手を育てた。コーチ就任要請が絶えず、選手にも信頼されるのは、聞く耳を持っているからといわれている。選手が主張する練習方法などを見下すことなく、まずやらせてみるのがコツらしい。
強豪高校や大学、社会人からプロ入りするレベルの選手は、トレーニング法から技術面まで、しっかりと理論武装している。プロの首脳陣が研さんを怠っていると、軽蔑されるだけなのだ。だからといってハレものに触るような扱いでは、伸びる選手も伸びない。そのあたりのさじ加減が難しい。頻繁に話し合って人間像を正確に把握するのが、野球の能力を分析するより先ではないだろうか。
日大の当該選手は記者会見で首脳陣との話し合いが少なかったと漏らしていた。好きだった競技が次第にそうではなくなり、今回の事件を機に競技と決別するとも語った。選手が150人もいる大所帯で、きめ細かなコミュニケーションをとるのは難しかっただろう。そこをなんとか切り抜け、命令でない対話を重ねていたら、愛する競技と別れなくてもすんだはずだ。