「You」は「Tube」しに日本へ
動画広告で収入を得るクリエーター「ユーチューバー」。日本の新興・スタートアップ企業で外国人ユーチューバーを発掘・育成する動きが出てきた。グローバルで活躍する観点なら日本人でもいいが、カルチャーギャップを逆手に情報発信するなら外国人。日本製品を海外へ売り込むためのマーケティングツールになるともくろむ。日本で鬼門とされてきた映像コンテンツの輸出が、今度こそ成功するか。
総再生回数5億回の夫婦
「(おいしくて)言葉にならない。箸を使わないのは手が震えているから」――。動画共有サイト「ユーチューブ」で、ミシュラン三つ星の名店「鮨さいとう」の味を堪能するカナダ人夫婦の動画がある。時間は17分。会話は英語で再生回数は約750万回に及ぶ。
この「サイモン&マルティナ」さん。日本
人は知らなくても、世界的には有名な日本発ユーチューバーだ。これまでの総再生回数は5億回に達し、半分は北米からのアクセスとなっている。
ほぼ週2回のペースで、日本国内で食レポするふたりを専属でマネジメントしているのが、コンテンツ制作スタートアップのブレイカー(東京・港)だ。代表のアレン・スワーツ氏は音楽専門局「MTV」のプロデューサーなどを経て2013年に創業。取締役には日本の音楽産業の重鎮、丸山茂雄ソニー・ミュージックエンタテインメント元社長がいる。
サイモン&マルティナさんはかつて、カナダから移住した韓国でフリーのユーチューバーとして人気を博していた。スワーツ氏が米国の映像関連イベントで夫婦と遭遇。日本に興味があると聞いて16年に招請し、ブレイカー専属ユーチューバーとなった。
「海外で好まれるように、撮影アイデアから動画アップ後のフォローまで質にこだわる」(スワーツ氏)のがスタイルで、夫婦と英国人映像ディレクターの3人で撮影スポットから、映像の撮り方まで議論する。これまで牛丼やハンバーガー、人気お菓子の味比べなど、日本で話題の食テーマを選んできた。
動画をアップした後、夫婦のブログで撮影裏話などを紹介する。ファンとの交流会も積極的だ。ネットで呼びかけて昨年、東京・原宿で開いた握手会には300人以上の外国人が集まった。
ユーチューバーというビジネスは人気に左右される。動画の再生回数に応じて広告収入が決まるためで、再生1回当たり0.1~0.2円がユーチューブから支払われるのが相場だ。そのうち2割程度がマネジメント会社の取り分、残り8割がユーチューバーの収入とみられる。
国内トップ陣の日本人ユーチューバーの年収は1億円を超えるとされるが、マーケットが全世界に広がればケタが変わる。一握りではあるが、海外のトップユーチューバーは年収が1千万ドル(約11億円)を上回るといわれており、マネジメント会社にとっても「グローバルな人気者」の育成は大きな商機だ。
ブレイカーでは現在、専属20人と、その都度契約する60人の外国人ユーチューバーを抱える。マレーシアやブラジルなど国・地域は様々。最近は日本に留学しているウズベキスタンの学生も面接に訪れた。
会津若松市のPR動画、視聴激増
海外に発信力のある外国人ユーチューバーを育てるのは、動画広告収入の拡大だけが目的ではない。「海外での口コミマーケティングにつなげる」(スワーツ氏)ためでもある。等身大のネットの人気者による口コミで製品・サービスの情報をジワジワと広げる手法で、SNS時代には特に注目されている。
福島県会津若松市のPR動画は17年までの2年間で再生回数が200万回を超えた。ブレイカーの4組の外国人ユーチューバーが同市の名所を紹介したことで、海外からの視聴が相次いだからだ。最近は食品や情報機器などを海外に売り込むために、外国人ユーチューバーを使いたいとする企業が増加中。人気外国人なら、1本百万円の契約料が入るという。
海外に出向いて外国人ユーチューバー発掘に本腰を入れる日本企業も出てきた。HIKAKIN(ヒカキン)など日本で人気のユーチューバー約250人を専属でかかえる東証マザーズ上場のUUUM。今年1月、台北や香港などに100人以上のユーチューバーを抱える中華圏メディアマーケティングのカプセルジャパン(東京・渋谷)と資本業務提携した。
現在、UUUMの社員を台湾に派遣して、日本で培ったユーチューバーのマネジメント方法の指導に全力をあげている。ただ、マネジメントといっても、映像内容に干渉するわけではない。体調の相談にのったり、制作機材を整えたりしたりとユーチューバーが制作に専念できる環境を作ることなのだという。
海外のマネジメント会社は、ユーチューバーとビジネスライクな付き合いにとどまるケースが多い。一歩踏み込んだ日本的な配慮が「当社の強みとなり、いいクリエーターの発掘につながる」(UUUMの中尾充宏取締役)。
サイバーエージェント子会社のCA Young Lab(東京・渋谷)などの調査では、日本のユーチューバー市場規模は17年が219億円と前年比2.2倍。22年には579億円に膨らむと予測する。世界市場は「日本の100倍は見込める」(マーケティング会社)との声もある。
日本の映像ビジネスは優れたシナリオや撮影技術で定評があるものの、芸能人など特定の人材に頼りがちな点でグローバル展開に限界があった。スタートアップによる外国人ユーチューバーの育成事業が変革の契機になるかも知れない。 (榊原健)
[日経産業新聞 2018年5月8日付]
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