スノボ平野「圧倒的な滑りで勝つ」 極限の技で挑む
平昌でハーフパイプ(HP)初の公式練習となった9日。平野歩夢(19、木下グループ)は自分に幾分多めのムチを打った。「初日だけど、高回転で飛ばしていった」。3時間に及んだ練習の終盤、「フロントサイドダブルコーク1440」のトリック(技)を3回試し、難なく着地した。
軸を斜めにしながら4回転する「ダブルコーク1440」には思い入れがある。4年前のソチ五輪でこの大技を唯一決めたのがユーリ・ポドラドチコフ(スイス)。トリックの難度や正確さで争う競技性か、それとも表現やパフォーマンス性か。体操やフィギュアスケートに技の難度と芸術性に対する論争があるように、この新興スポーツの"正統"を巡ってボーダーたちの価値観が二極化し始めるなか、スイス人は前者の筆頭格といわれる存在だった。
総合的に評価すれば平野が勝っていた、とみる関係者は少なくない。だが、金メダルはポドラドチコフにさらわれた。平野が言う。「終わった時から、4年後は『1440』を連続で出さなければいけない状況になると思っていた」。このルーティン(技の構成)は今年1月、プロ最高峰の大会「冬季Xゲーム」で日の目を見た。
世界で初となる連続技を生んだ下地に父、英功さんと歩んだスケートボードがある。英功さんが地元の新潟県村上市に作った練習場で4歳から培ったのが、パイプの縁ぎりぎりで空中に飛び出し、ぎりぎりに降りてくる「リップ・トゥ・リップ」と呼ばれる技術だ。
派手な空中での身のこなしにばかり目がいきがちだが、連続で高難度の技を出すには、抵抗を受けず着地点を通過しボトムでも減速せずに滑るのが前提条件。ブランコから体を投げ出し回転するのに勢いが必要なのと同じ原理で、全日本の村上大輔コーチは「縦のラインで降りてこられるから減速が少ない。(トリノ、バンクーバー五輪連覇の)ショーン・ホワイト(米国)も同じ」と話す。
「3年、4年かかってやっと自分のものにできた」(平野)という4回転のコンボ技。「人類が今できる極限」という関係者もいる。際どい着地が求められる分、大けがの危険とも隣り合わせの技はスノボの"哲学論争"の火にも油を注いだ。実際、平野自身も昨年3月には左膝靱帯損傷を負っている。「楽しんでこそ」の価値観を持つある選手は「あそこまでいくと遊びじゃない。僕たちは機械じゃない」とつぶやく。ちなみにポドラドチコフはXゲームで転倒、鼻を骨折して連覇への挑戦を断念した。
もちろん平野自身にもそんな声は届いているはず。だが、「楽しくやるんだったらコンテストライダーとしていられない。結果を出さないと自分の滑りも見てもらえないし、説得力もない」。常に新しいものを見せ、トップに居続けなければ飽きられ、忘れられる。スポンサーの期待も背負うプロとしての覚悟がそこにはのぞく。
「この種目で大会に出続けていくなら必要と思った。それを諦めていれば、やってなかったことだと思う」。ソチで突きつけられた現実と向き合った4年間。濃密な時間は少年の顔からあどけなさも消し、眼光鋭い勝負師に変えた。「楽しいことより苦しいことの方が多かった」という日々の先に見つめるものはただ一つ。「圧倒的な滑りをして勝つ」
(西堀卓司)