スノーボーダーを翻弄 五輪とどう向き合うか
スポーツライター 丹羽政善
2006年2月にイタリア・トリノで五輪が開催される直前、国母和宏はカナダのウィスラーにいた。調整を兼ねて大会に出ており、そこでインタビューをしたとき、こんな話をしていた。
「1080(3回転)をバック・トゥ・バック(連続)で決められるかどうか。そこじゃないですかね」
それはフロントサイドダブルコーク1080(注1)から、キャブダブルコーク1080(注2)へというルーティン(技の構成)の話だったと記憶しているが、五輪でメダルを狙うならそこが分かれ目になるという解釈だった。
時は流れ、9日開幕した平昌五輪。14日に決勝が行われる男子ハーフパイプでは、1440(4回転)の連続技が勝敗を分ける勢い。
1月の終わり、米コロラド州アスペンで行われた米スポーツ専門局ESPNが主催する「Xゲーム」で、平野歩夢がフロントサイドダブルコーク1440(横4回転、縦2回転)からキャブダブルコーク1440(スウィッチスタンスからの横4回転、縦2回転)を決め、大会で連続4回転を成功させた初の選手となった。
このコンビネーションは過去2度の五輪制覇(06、10年)を誇り、1月に別の大会で満点をたたき出したショーン・ホワイト(米国)も本番では成功していないが、平野の成功を受け、五輪では当然、ルーティンに加えてくるのではないか。
いずれにしても12年前とは大きく難度が変化しているわけだが、その一因としてはパイプのサイズが考えられる。
トリノ五輪ではパイプの長さが145メートル、壁の高さが5.7メートル、幅が17メートル(推定)だった。一方、Xゲームや現在の五輪のハーフパイプの基準は長さ180メートル、幅20メートル、高さ7メートルとなっている。これだけ違えば、できるトリックもまるで変わってくる。
ただ、平野が五輪のパイプでXゲームと同じルーティンを決められるかどうかは、わからない。
■五輪のパイプ、毎回のように酷評
サイズは変わらなくても、パイプの出来そのものは誰が手掛けるかによって、プロと素人ほどの差が生まれる。ホワイトがプライベートパイプをつくるときは、決まったパイプビルダーに依頼するほど。
で、五輪のパイプだが、残念ながら毎回のように素人がつくったとも酷評される。前回ソチ五輪ではパイプの出来に関して不満が続出し、米代表だったダニー・デービスは「根本的な構造がおかしい」と疑問を呈し、「ガラクタ」とも言い切った。10年バンクーバー五輪で女子ハーフパイプを制したトーラ・ブライト(オーストラリア)も「笑っちゃうぐらい、ひどい」とコメントしていた。
あのときは暖冬でコース状態が悪化するという不運もあったが、それにも対処できず、スノーボーダーの不満は募った。
そんな毎回のように物議をかもすパイプで、平野はどこまで攻められるのか――。
なお、前回大会では、スロープスタイルのコースでも批判が殺到。スタートしていきなり、急斜面からレールという設定は他の大会ではありえず、大会前の練習でノルウェーの選手が右の鎖骨を骨折した。ジャンプ台はアプローチの角度が急すぎて、ある選手は「ビルの上から、飛び降りる感じ」とコメント。最初の練習の後、選手らは改善を要求したものの、マイナーチェンジにとどまり、ホワイトは「危険すぎる」として出場辞退に踏み切った。
では一体、なぜこうしたことが起こるのか。
理由は単純で、コースの設営などを統括する国際スキー連盟(FIS)にその知識がないからである。スノーボーダーらの意見を反映させることもなく、まさに素人がコースをつくる。一方で、Xゲームや米ドリューツアーなど、スノーボーダーらが大会運営に関わっている大会では、パイプやパークづくりにこれまでの技術の粋が尽くされている。その差は開く一方だ。
■背景に長い対立の歴史
その背景にはスノーボーダーとFIS、国際オリンピック委員会(IOC)の長い対立の歴史がある。
長い話になるので、かいつまんで説明すると、まず、98年長野五輪でスノーボードが正式競技に採用されたとき、IOCがFISをスノーボードの統括団体としたことに端を発している。当時、スノーボード界には国際スノーボード連盟(ISF)という組織があった。そこに任せるのではなく、FISが大会などを仕切ることになり、多くのスノーボーダーが反発。おそらくあのとき、ハーフパイプに出場すれば金メダルは間違いないといわれたテリエ・ハーコンセン(ノルウェー)がボイコットを表明し、多くの選手が続いた。
その後FISは五輪の選考大会として、FISのワールドカップを指定。ISFが大会を予定している日にわざわざぶつけるなどして、ISFつぶしを狙った。結果、ISFは02年に解散。代わって、ハーコンセンが中心となって、TTRワールド・スノーボード・ツアーというスノーボード団体を組織し、独自の大会などを行ってきた。
そんな流れの中、スノーボード界とIOC、FISの対立が決定的になったのは11年11月のこと。
その前年に行われたバンクーバー五輪後、米国でのスノーボード男子ハーフパイプの視聴率が、冬季五輪では史上最高(11年1月20日、トランスファー・スノーボードマガジン)を記録したことに味をしめたIOCは、スノーボードの種目拡大を検討し始めた。その目玉が前回から正式種目となったスロープスタイルだが、FISにはスロープスタイルの大会を行った経験がなかった。
11年1月、IOCに実績を示すため、FISはW杯でスロープスタイルの大会を始めたが、これが散々の出来。翌月、オスロでハーコンセンが企画・主催するアークテリクス・チャレンジという大会に集まった選手らは、次々に不満を訴えた。
そのときにまとめられたのが「スノーボーディング・180・五輪憲章」である。スノーボードの五輪でのあり方を180度転換させることを目的とし、FISではなくスノーボーダーがコース設計も含め大会運営をすることなどを求める内容となっている。この憲章にはアークテリクス・チャレンジに参加した全選手がサインをした。
ところがその年の11月、IOCとFISは憲章の内容をことごとく否定。簡単にいえば、スノーボーダーらの意見を聞こうとしないFISのその態度が、ガラクタのようなコースを生んでしまうのである。
ただし、ソチ五輪の後、若干潮目が変わった。
ホワイトのおかげもあり、ハーフパイプは五輪の中でも視聴率を稼げるキラーコンテンツとなった。新種目だったスロープスタイルも、コースはひどかったが視聴率は悪くなかったという。
前回はスキーでもハーフパイプなど新種目が増えたが、米専門誌「スノーボーダー」が入手したデータ(14年11月5日付、電子版)によると、FISが管轄する新種目の中ではスロープスタイルの放送時間が全体の35%を占めてトップ。テレビ局に重宝されていた実態が明確となった。
つまり今や、スノーボードが五輪を必要としている以上に、五輪はスノーボードを必要としている――。そんな状況になっているのである。
■五輪との間に大きなギャップ
こうしたときにたとえば、トップボーダーらがそろって五輪のボイコットにでも踏み切れば、どうなるのか。
「スノーボーダー」の編集長、パット・ブリッジはまさにボイコットを主張しているわけだが、強硬手段に出ればIOCもスノーボーダーらの声に耳を傾けざるを得なくなるのではないか。
おそらく、ホワイトが今回の平昌五輪の出場をボイコットすれば話が早い。しかし彼はむしろ五輪を利用してビジネスを展開し、スノーボード界全体のことに興味はない。ハーコンセンもかつては彼に期待していたがもはや、たもとを分かった。となると今後問われるのは、平野ら若い世代の五輪との向き合い方となる。
ホワイトのようになりたいというなら、それも選択肢の一つ。距離を置くこともまた、選択肢の一つ。しかし、本当のスノーボーダーなら五輪とスノーボードの理念には大きなギャップがあることに気づく。そこで、スノーボーダーの手にスノーボードを取り戻すために、どんな声を上げるか――。
一ついえることがある。
今、スノーボーダーがプロとしてお金を稼げるのは、五輪のおかげではない。ハーコンセンらがスノーボード本来の価値観を守ってきたからである。
若い選手にはいま一度、原点を見つめてほしい。(敬称略)