複合・渡部暁 自然体、実力通り頂点狙う
異色のアスリートがいる。ノルディックスキー・複合の渡部暁斗(29、北野建設)の狙いは金メダルただ一つ。ただ「仮に有言実行できなくても僕の人生が終わるわけではない」と平然と言い放つ。4年に1度の収穫期を好調の波に乗って迎える者の、当然あってしかるべき興奮や重圧をまるで感じさせない。
五輪は「集大成」ではないと繰り返し述べてきた。関心が向かないわけでも、斜に構えているわけでもなく「五輪チャンピオンが世界一とは思っていないから」。20戦以上を費やすワールドカップ(W杯)で決するものが、ただ一度の五輪によって覆るわけではない、という誇りがにじむ。
だから「五輪の戦略」に血眼になることもない。2017年を振り返り、選んだ漢字は「新」。夏場から新たな飛び方を試しつつ、一向に「総仕上げ」に入る風がない。試行錯誤の末に、シーズンに入ってからあっけらかんとこう言った。「こうだ、と思って繰り返してきたことは無駄だと分かった」
しかし「無駄」は厳密には無駄でなく、巡り巡って新たな発見を生んだとも思っている。個人8戦目のイタリア・バルディフィエメ大会。「たまに降ってくる」ひらめきがあり、飛び出しの方向が改善されるとジャンプが一皮むけた。「気づけたのも夏に無駄な時間を過ごせたからと思う」
今月3日までのW杯4連勝はそのジャンプでリードし、距離で逃げ切る盤石の形。短兵急に結果を求めず「今まで一度も守りに入ったことはない」と言い切る挑戦心こそ真骨頂だ。それが花開いた今季は「キング・オブ・スキー」への一歩といえるW杯個人総合首位に立った。
「僕は実力以上のものを出して、奇跡を起こせるような特別な選手ではない」という。W杯で最高2位、総合ランクも2位で迎えた4年前のソチ五輪がそうだった。銀色のメダルを手にして「自分の位置に収まった」と納得している。
それに照らせば今回は「4年間、色々なことに取り組んで、1位でおかしくない状態で臨める」。個人総合5連覇中のエリック・フレンツェル(ドイツ)に、前哨戦の白馬大会で勝ち星を分け合った総合2位のヤン・シュミット(ノルウェー)とライバルは多士済々。日本人初の個人戦Vを阻もうとする強豪国のマークに遭うだろう。それでも「『2』という数字はもう見飽きた」。力の正味にふさわしい金メダルを受け取るつもりだ。
「五輪が終わるとモチベーションが下がる選手もいるけれど、3月末(のW杯最終戦)まで表情を変えずに戦い続けたい」。どこまでも自然体。「(五輪でも)ハラハラさせるレースをする。つまらないと思ったらチャンネルを変えて下さい」とテレビの向こうの国民に語りかける。
(西堀卓司)