梅若玄祥、悲劇の王妃を現代能に(もっと関西)
カルチャー
悲劇のフランス王妃を題材にした現代能「~薔薇(ばら)に魅せられた王妃~マリー・アントワネット」を3月5日、観世流能楽師の梅若玄祥(人間国宝)がサンケイホールブリーゼ(大阪市北区)で上演する。昨年12月の東京での初演に続く再演。脚本はアントワネットを描いたミュージカル「ベルサイユのばら」を宝塚歌劇団で大ヒットさせた植田紳爾。玄祥は2月16日、四代梅若実の襲名を予定しており、2020年春までに同作のフランス公演を計画。大阪での再演は海外公演の布石となる。
アントワネットがフランス王家に輿入(こしい)れした後の半生を描く。道ならぬ恋の相手、スウェーデン貴族フェルゼンが革命に消えた王妃の菩提を弔いに王宮を訪れると、現れたアントワネットの霊が生涯を語る。
作品は2場構成。詞章に現代語を用いた点や、楽曲でも異色。冒頭「ベルばら」に用いられた「青きドナウの岸辺」の旋律を琴と篠笛(しのぶえ)で奏で、地謡(じうたい)(能における斉唱団)がこれを引き取るように謡(うた)い、観客を物語の世界にいざなう。
宝塚出身を起用
玄祥が演じるアントワネットは伝統的な能装束姿で、紅薔薇の冠り物を頭につけて王妃を表現する。対して、ワキ方の福王和幸のフェルゼンは裏地の赤色が鮮やかな黒色のマント姿。アントワネットは花に仮託して我が身の流転を語り、要所に「青きドナウの岸辺」の謡を入れて王妃のやるせなさや哀惜を醸し出す。
玄祥と植田が新作能でコンビを組むのは、06年に初演した「紅天女」に続き2作目。同作は少女漫画「ガラスの仮面」(美内すずえ作)の作中の演劇作品を題材にし、度々上演される人気作品になった。
玄祥は「『紅天女』の制作過程で、次はアントワネットをと構想を温めていた」という。植田は「能には中国・唐の玄宗皇帝の后(きさき)を描いた『楊貴妃』があり、アントワネットも題材になると思った」と話す。
2場の間をつなぐ「間狂言(あいきょうげん)」は斬新。宝塚歌劇団出身の女優、未沙(みさ)のえると北翔海莉(ほくしょうかいり)が花を巡って滑稽な問答を繰り広げ、長唄(三味線音楽の一つ)にのって踊る。作調は日本舞踊家の藤間勘十郎。能の古典に長唄を用いる例はないが、舞台の雰囲気を一変させる効果を見込んだ。植田は「花について語るなら女性の方が似合う。ならば、舞踊に熱意がある宝塚出身者を起用しようとなった」と明かす。
華やかな舞台の後だけに、終盤のアントワネットの真っ白な装束は鮮烈。玄祥は「同じ白色でも微妙に色合いの違う装束の中から、植田先生に見てもらって選んだ」と話す。白に「動乱の責任を一身に背負う」というアントワネットの覚悟を象徴させようとしたのか。
同作のテーマは「輪廻(りんね)転生」。肉体は滅びても、精神は残る。植田は「アントワネットが好んだとされるバラが咲き続ける限り、その名は語り継がれる」との思いを込めたのだろう。
仏公演にらむ
ホールでの上演のため、初演の国立能楽堂(東京・渋谷)と王宮の作り物の配置など演出が変わるはず。本作のプロデューサー、西尾智子が「再来年春までに、実現させたい」と言うフランス公演の下準備となる。
玄祥は海外での能の普及に取り組んでおり、そのためには「かの地で知られる題材の新作も必要」との思いがある。15年、古代ギリシャの長編叙事詩を題材にした新作能「冥府行(めいふこう)~ネキア~」を、ギリシャで上演。今回の現代能もその流れにあるが、音楽面で新たな試みをしつつ、舞を中心にした作劇が特色。玄祥は「音楽能、舞能(まいのう)に位置づけられる」といい、海外向け新作のレパートリーを増やす狙いもありそうだ。
(編集委員 小橋弘之)