大企業社員、スタートアップにレンタル移籍
サッカーのレンタル移籍(期限付き移籍)にヒントを得て、大企業の人材がスタートアップで期間限定で修業する仕組みが登場した。仕掛け人はローンディール(東京・世田谷)の原田未来社長(40)。大企業の社員は起業家魂やスピード感を学び、人材不足のスタートアップは即戦力が手に入る。目指すは「日本的な人材流動性の仕組み作り」だ。
スピードを体感
取材に訪れたオフィスに登場したのは、カジュアルな装いの一見普通の「スタートアップの人」だった。動画・写真共有サービス「まごチャンネル」を展開するチカク(東京・渋谷)で働く田村博和さん(30)は、関西電力から半年間の「レンタル移籍中」だ。
最初はひとりスーツ姿で出勤していたが、3カ月経過した現在はすっかりカジュアルに。関電の上司がチカクのオフィスを訪れた時にすぐに見つけられなかったほどだ。
変わったのは服装だけではない。働くマインドも激変した。チカクは2014年創業で従業員はまだ12人。2万人を超える関電と比べ、企業規模がゾウとアリほど違う。人数の少ないスタートアップでは一人ひとりの存在が重い。田村さんは実際に仕事をしてみて「当事者意識やスピード感に驚いた」と話す。
衝撃を受けたのは仕事の進め方。あるとき田村さんが頼まれた資料を2日かけて作っていると、チカクの梶原健司社長(42)は「あと1時間で作って」と指示を出した。
「あと1日待っても完成度はおそらく60%が65%になるだけ。スピードの方が大事」(梶原氏)。高い完成度の資料が求められる大企業に対し、スタートアップではとにかくスピード重視。作成した資料を同僚と共有し、対話しながらチームで完成させていく。
田村さんの修業期間は4月まで。肌で感じた経験と知見を持ち帰り、新規事業開発やサービス設計に生かす考えだ。
ローンディールは大企業に対し、登録する140社以上のスタートアップから業種や職種の要望に合う企業を紹介する。期間は半年から1年間。移籍者は週次と月次の報告書を所属する大企業とローンディールに提出し、ローンディールは月に1度、移籍者や受け入れ企業と面談する。
契約は大企業とスタートアップの間で研修派遣または出向の形で結び、大企業とスタートアップの両方が一定の月額料金を手数料としてローンディールに支払う仕組み。双方からの手数料は期間や人数によって異なるが月10万円から。社員の給与や社会保険は期間中も大企業が負担する。対象となるのは新規事業担当部署などの入社10年目程度で、30歳前後の社員が多いという。
人材不足を解消
関電以外にもNTT西日本やトレンドマイクロ、TOKAIコミュニケーションズ(静岡市)などが利用。NTT西日本の場合は動画配信のランドスキップ(東京・港)と排せつ予測機器のトリプル・ダブリュー・ジャパン(東京・渋谷)の2社で社員が修業中だ。
原田社長は01年に大学卒業後、アパレルなどの企業間取引サイトを手掛けるラクーンに入社。営業部長としてマザーズ上場を経験したのち、14年にカカクコムに転じた。起業のきっかけは、転職後に元の会社を客観的に見て「今戻ったらやれることが多い」と感じたことだった。
人材の流動化は進んでいるものの、日本では依然として「就職したら定年まで」という意識も根強い。子会社や官公庁などへの出向はあるが、全く無関係な企業で働くのは難しい。実際に転職しなくても視野を広げるにはどうしたらいいか。考えた末に思いついたのがレンタル移籍だった。
サッカーなどのレンタル移籍では、若手に外部で試合経験を積ませるために他のクラブに貸し出す。一方で受け入れ側は高額な移籍金を払わずにチームを補強できる戦力を得られる。原田氏はこの双方にメリットがある仕組みを日本企業にも適用できるのではないかと考えた。レンタル移籍は英語で「ローンディール」と呼ぶ。これを社名にし、15年に起業した。
大企業がスタートアップへの関心を強めるなか、新規事業開発やスタートアップ投資担当の人材を育てたいという企業は少なくない。一方、人材不足に悩むスタートアップ側も「一から育てなくてはいけない学生インターンと比べ、大企業の社員は社会人としての基礎ができており即戦力になる」(チカクの梶原社長)と歓迎する。
大企業とスタートアップの連携は増えているが、実際は企業文化や考え方の違いに戸惑うケースも多い。こうした取り組みで大企業の中にスタートアップに精通した人材が増えれば、イノベーション創出へのハードルを下げることにもつながりそうだ。
(企業報道部 佐藤史佳)
[日経産業新聞 2018年1月26日付]