サントリー、トップリーグ連覇 成長支えた飢餓感
今季のラグビー日本選手権を制し、2年連続の2冠を達成したサントリー。スローガンの「ステイ・ハングリー」の通りに1年間"飢え続ける"ことができたのには、理由があったようだ。
「最後で取り切れなかったのが痛かった」。決勝で敗れたパナソニックの布巻峻介主将が悔やんだのは、それだけチャンスが多かったからだ。8-12で迎えた後半31分。交代で入ったSH内田啓介が、球速のあるパスで連続攻撃を仕掛ける。中央右の密集から左へ大きく展開。大外にスペースができた。
■意思統一された守備完遂
しかし、ボールを前に投げるスローフォワードの反則。好機はついえた。後半23分にもゴール前の密集でボールに絡まれ、ボールを奪われている。内田が話す。「最後の最後でちょっとしたタメができず、味方より前に出てスローフォワードになったりした。ちょっとした綻びやずれがあった」
試合のラストプレーも同様だった。敵陣ゴール前でのラインアウト。球を確保し、モールを押し込めば逆転の"サヨナラトライ"となる。しかし、捕球した選手の手からボールがぽろり。優勝トロフィーもこぼれ落ちた瞬間だった。
「いつもと違うサインをやった」とパナソニックのある選手は言う。本来ならモールを押しやすくするため、FWの列の後方にボールを投げ入れるところだが、サントリーの守備が集中していたこともあり、中央への投入に変更。ロックのサム・ワイクスがキャッチしたところまではよかったが、その後に異変が起きた。
ワイクスの左右に付いて相手をブロックする選手はいたが、真後ろからサポートしてボールを受け取る役目の選手がいなかった。ワイクスの腕は味方に押され、落球につながった。
逆にサントリーは意思統一された守備をやり切った。「(空中で)ボールを競ることはせず、相手より早く反応して刺さる(ように鋭く押す)ことを意識した」とフランカーの西川征克。ワイクスの着地の直後、サントリーのFWが前へぐいと押し込んだことも、パナソニックにミスが起きた要因だった。
「最後の最後で細かいコミュニケーションをとれなかった。サントリーの判断力が上回った」とパナソニックのプロップ稲垣啓太は相手をたたえる。
この日、細かなコミュニケーション能力が問われる場面が多かった。両チームは試合の前にも、最中にも戦い方を修正している。「サントリーがディフェンスシステムを少し変えていたので、僕らもプランにはなかったけれど試合中に攻撃を変えた。そういうところで少し問題が出た」とパナソニックの選手は言う。
■練習から「ステイ・ハングリー」
サントリーの守備は密集周辺に立つFW同士の幅が広めだが、決勝ではより密集の近くにFWを配置していたように映った。パナソニックの側は試合の序盤まで密集の近くを攻めながら、途中からはやや離れた位置を積極的に攻めている。攻撃戦術の変更がはまりきらなかったところも、トライを取りきれなかった要因だった。
逆に、サントリーは少ないチャンスをものにした。前半4分の最初のトライ。ゴール前まで侵攻したものの、密集で圧力を受け、攻めのテンポを完全に上げきれない。フィニッシュまでもう一手間かかりそうなところで、パナソニックの守備陣形にひずみが生じた。
防御ラインの後方でキックに備えていた選手が、大外のスペースを埋めるため、前進する。代わりに後ろに下がるはずの選手との呼吸がやや合わず、カバーが少し遅れた。
生まれたてのスペースを見逃さなかったのが、サントリーCTB村田大志だった。裏へのキックを指示すると、SOマット・ギタウが正確なキックで人垣の間を通す。CTB中村亮土が目の前に弾んだボールを捕り、ゴールラインを駆け抜けた。
「準備する『質』が良かったのかな」。勝因を問われた中村亮はこう答えた。それはもちろん、日々の練習の質が高かったからだ。
「練習が居心地よく終わることは少なかった。何かもやもやして、不完全燃焼というか」。流大主将が振り返る。沢木敬介監督も言う。「サントリーは気持ちのいいトレーニングや、自己満足のトレーニングはしない。トレーニングの設計を厳しくしている。最後のラインアウトのような状況を(普段から)グラウンドの中で経験できていたので、いいコミュニケーションでベストな選択ができた」
日々の厳しい練習の根底にあったのが、今季のスローガンだろう。
ステイ・ハングリー。米アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズ氏の有名なスピーチの一節でもある。平易な、聞こえがよい言葉だけに形骸化しかねないところを、沢木監督は中身のあるものにしている。
「今季は選手に求める全ての基準を上げた」と監督はいう。スキルや筋力、持久力……。様々な数値がある中で、その取捨選択にはこだわりがある。
ラグビーの主要な指標にタックル成功率があるが、沢木監督は重視しない。チームが目指している「インターナショナルスタンダード」に合致しにくいからだ。「国内のチームで試合をしている中での数字は(国際基準と)違う」
重きを置く一つに、「バック・イン・ザ・ゲーム」という独自の数値がある。ある選手がタックルしたり、密集に入ったりした後、次のプレーにも参加できた割合を示す。「(世界ランキング2位の)イングランド代表のターゲットは70%。だからサントリーも70%から下げない」。大勝した準決勝のヤマハ発動機戦は80%超だったが、10月のリーグ戦でパナソニックに敗れた際は五十数%に落ち込んでいたという。
■2強、互いが高め合い来季へ
説得力のある数字を示すことで、選手個々の成長意欲を刺激し続けた。「成長が止まれば衰退の始まり。1日に少しでもいいので成長し、去年のチームを超えれば優勝できる。そういうシーズンだった」と、監督は胸を張る。
ただ、サントリーが「飢え続ける」ことができたのには、もう一つ理由があるようだ。中村が言う。「以前よりもう一つ質の高いコミュニケーションがとれるようになったのは、パナソニックに負けた悔しさがあったから」。10月の1敗で練習に臨む姿勢がさらに高まったという。
パナソニックは無冠に終わった昨季の悔しさを晴らすべく、選手の声をより生かすチームづくりに変更。リーグ戦を満点に近い成績で駆け抜けた。決勝の前半、ベリック・バーンズとデービッド・ポーコックという2本の大黒柱が負傷。そんな苦境でも優勝まで紙一重に迫ったのは地力の証明である。
今季のトップリーグは2つの強豪が互いに高め合ったシーズンであり、スポーツのライバル関係の良い見本でもあった。そのストーリーはまだ終わりではないだろう。
決勝戦後の記者会見。「強くなるきっかけをサントリーがくれた。来季につなげたい」とパナソニックの布巻主将が言えば、サントリーの沢木監督もこう返した。「チャンピオンチームは来季も全チームのターゲットになる。それは優勝チームのご褒美だと思う。さらなる成長をしたい」。来季のキックオフを知らせる笛がもう聞こえたようだった。
この4日後、熱戦に冷や水をかけるような出来事が起きたことだけが残念だった。サントリーのジョージ・スミスの逮捕について、報道で明らかになるまで発表はなし。発生から17日たっていたこともあり、隠蔽していたのではないかという疑念を生みかねない結果になった。日本選手権の開幕までに、本人が否認しているという状況も含めて公にしていれば……。ファンの失望感や、試合に臨む選手の心の負担も少しは軽くなっていたかもしれない。グラウンドと離れたところではラグビー界に課題が残った。
(谷口誠)