考えて、たどり着いた 「走り切る」で生き残る
「苦境に立たされた原因を他人に求めても意味はない」と僕は考えている。しかし、誰か人のせいにせざるを得ないときがある。昨季の話だ。
監督が代わり、先発で出られるようになったものの途中交代が続いていた。2017年4月の欧州チャンピオンズリーグ準々決勝アトレチコ・マドリード戦もそう。得点が必要な試合で、2試合連続で交代を命じられたのはFWとして屈辱的なことだった。
「チームのバランスをとること、守備に奔走するだけが僕の仕事じゃない。なぜ、監督は僕の得点を期待してくれないのか」。監督のせいにしなければ、消化できない感情を抱えた。
その直後、4月26日のアーセナル戦。0-0の70分、僕は途中出場する。もちろん狙うは得点だ。しかし、シュートチャンスを決めきれなかった。86分に失点し試合終了。
僕は周囲を見返すことができなかった。そして「僕のゴールに期待してくれというのなら、しっかり決めてからいえ」という当たり前のことに気づかされた。
結局、苦境の原因は自分がまいた種なのだ。人のせいではなく、あらゆる現実を受け入れて僕自身が乗り越えていくしかないと。
目覚めるように現実の厳しさを思い知る。この感覚を僕はどこかで待っていたのかもしれない。だから一時的にせよ、人のせいにする甘い自分を許したのだろう。
強烈な点取り屋がそろったチームで弱肉強食の生存競争をいかに生き残るか? 今よりも向上するために何をすべきか? 改めて考え、たどり着いたのが「走り切る」というスタイルだった。
自分の強みや能力を出し切ろうと決めた。
17~18年シーズンは開幕戦から2戦連続ゴールでスタートした。今季前半戦を終えて6得点とゴールが増えた理由は幾つもあるだろう。こぼれ球を拾った形の得点が多いのは、ゴール前へ走りきれているからかもしれない。
「一喜一憂しない」
これは今季の自分に課した目標だ。今も先発が保証されているわけじゃなく、1試合ごとに先発とベンチを繰り返している。2得点した次の試合もベンチからだった。それでも気持ちを揺らさない。これも得点増の理由の一つかもしれない。
ワールドカップ(W杯)イヤーとなる18年も、ロシアでの本大会が終わるまではこの目標を大切にしたい。W杯が終われば、その舞台に立ったにせよ、立たなかったにせよ、自然と新しい目標が芽生えてくるだろう。そこまでの過程では、どんな現実に対しても動揺はしないと決めている。