プロ野球選手、高額年俸ばかりが幸せじゃない
プロ野球ストーブリーグは後半戦にさしかかっている。最大の目玉の大谷翔平は米大リーグ、エンゼルス加入が早々と決まった。契約更改が一段落した日本球界では日本一を奪回したソフトバンクの大盤振る舞いが目を引いた。大幅アップが相次ぎ、外国人を含めて推定年俸(以下同じ)4億円以上がなんと8人。1億円以上は17人を数える。
■50歳まで現役続けられたのは…
野球選手がお金で評価される以上、高額年俸は選手の憧れ、目標でもある。提示額に満足できず保留したり、フリーエージェント(FA)権を行使して年俸の高い球団に移籍したりするのも理解できる。だが長い目でみれば、破格の年俸をもらうことばかりが幸せとは限らない。私自身がそうだった。
最多勝と最多奪三振に輝いた1997年、初めてFA権を得た私はFA市場の目玉として注目された。人生最高の脚光を浴びてみると、マスコミに追い回される非日常的な時間をしばらく楽しんでみたくなった。「他球団の話も聞いてみたい」「家族と話して決めたい」。移籍する気もないくせに、思わせぶりなコメントを発信して周囲の反応をうかがっていた。
そんなさなかの横浜遠征。駅の売店で夕刊紙1面に「巨人、山本昌」の見出しを見つけた。買ってみると具体的な年俸まで書いてある。興味津々で読んでいた私がふと目を上げると、星野仙一監督が立っていた。「すみません」と反射的に新聞を隠し、大慌てでゴミ箱に捨てた。
しばらく態度を表明せずにいると、シーズン終了から間もなく、星野監督が私について語った談話が新聞に載った。「そういう教育はしとらん」。まずい。監督を怒らせてしまった。恐れをなした私はすぐに球団に電話し、向こうの言い値であっさりとサインしてしまった。アップ額は3千万円。夕刊紙が報じた巨人の額より1億円ほど低かった。
周囲にはもったいないことをしたと笑われた。確かにタイトル2つにFA権まであるのだから、やりようによっては上積みを勝ち取れたのだろう。だがいま振り返ると、私が50歳まで現役を続けられたのは、こういうことの裏返しだったと思う。
球団による年俸格差があることは否定しない。同じ成績を残すなら、裕福な球団の方が報酬は増えるだろう。特にFA前の選手にとっては不公平といえば不公平だ。しかし、である。成功した人の多くが感じていることだと思うが、活躍の場が与えられるかどうかは実力だけでなく、チームの状況やそこでの出会いに大きく左右される。偶然入団したチームでなければ活躍できなかったかもしれない可能性を忘れてはいけない。そう考えればある程度の格差は割り切れる。
私は現役時代、お金でもめた記憶がない。もしもFAで他球団に行ったり、年俸をつり上げたりしていたら、力が落ちた途端に契約を打ち切られていただろう。中日一筋だった私はあまり感じなかったが、FA組は生え抜きとの待遇の違いをこぼすことがある。
■高額報酬得れば、その代償も
このオフ、巨人を自由契約になった村田修一はいまだに移籍先が決まらない。2割6分2厘、14本塁打、58打点という成績からすぐに声がかかるだろうとみていたが、意外なほど長期戦になっている。多くの球団が若返りを図り、「生え抜きのスーパースター」を育てたがっていることが逆風になっているのだろう。各チームとも三塁やDH候補は外国人での補強を優先し、国内のベテラン組は後回しという事情もあるはずだ。
FAで巨人のユニホームを着た村田はそれだけの報酬も得た。しかしその代償はあるということ。どこかが手を挙げることは間違いないだろうが、かかる時間や待遇は当初の予想以上に厳しいかもしれない。
村田と同学年の松坂大輔は1月、中日の入団テストを受けることになった。過去3年間で登板1試合という現実を踏まえれば、合格しても米国やソフトバンク時代とは比較にならないすずめの涙での契約だろう。
それでも私には、松坂が中日の助けになってくれないかという淡い期待がある。彼の球歴はそれだけの潜在能力を証明している。フォームを崩す要因となった右肩の痛みさえ癒えれば、もうひと花咲かせるチャンスはあるはずだ。納得するまで挑戦したらいい。
米大リーグではイチローや上原浩治も所属先が決まらない。選手寿命の判断材料のひとつは足腰だ。このオフは会っていないが、イチローの脚力に衰えは見えない。野球に取り組むプロ意識の高さはチームメートにも好影響を与える。願わくばレギュラーになれるチャンスのあるチームを探してほしい。上原にも余力はある。働き場所は早晩見つかるはずだ。
大谷についても触れておこう。日本では大成功した二刀流を米国でも続ける意向を本人は示している。成功できればこんなにうれしいことはないが、そのハードルはかなり高いだろう。ア・リーグでDHを務めるのは高給取りの強打者だ。投手の練習をしながら、彼らからDHの座を奪うのは難しい。二刀流は身体への負担も大きく、故障もちらほら出始めた。厳しいコースを攻められればケガの恐れも増す。
大谷は投打いずれとも甲乙つけがたい逸材だ。ただ過去の例をみれば、きめ細かい制球力があり、変化球の精度も高い日本の投手は、パワーやスピードが求められる野手以上に大リーグで結果を出してきた。新しい環境では無理をせず、とりあえず投手一本で居場所を固めるというのも現実的な選択肢だと思っている。
(野球評論家 山本昌)