書店には行かない 流行より「私だけ」追求
1989年からの視線(5)
1989年、ちょうど時代が変わった年に美空ひばりさんが世を去った。歌だけでなく、映画や舞台でも活躍。戦後文化に影響力を持ち続けた。その死から30年近くを経た今、社会全体を結ぶような文化的表象は生まれにくくなっている。
篠原裕幸さん(34)は仮想通貨などを支える技術ブロックチェーン事業を手掛ける「シビラ」(大阪市)の最高執行責任者。2017年、感銘を受けた1冊はイタリアの思想家ルチアーノ・フロリディの『第四の革命』だ。
先端分野の経営者らしくIT(情報技術)革命後の社会を論じた科学哲学の本を挙げた。「最先端を行く人がいいと言うものを仕入れる」のが流儀。『第四の革命』はビジネスで出会った国内外の経営者たちがツイッターやフェイスブック(FB)で評価していた。
ツイッターやFBに加え、ソフトウエア「フィードリーダー」に約1000のブログやサイトを登録。タブレット端末を駆使して情報を取捨選択する。「書店にはいかない」。自分が知るべきものは何か。篠原さんは世界の最先端を走る人たちがネット上で発する言葉が手掛かりだと信じる。
誰もが口ずさむ歌、誰もが憧れる映画スター、誰でも1度は手に取る本……。バブル以降広がった経済格差が中流層を分断。インターネットの進展も加わり、流行を追うのではなく、自分にあったものを自分のやり方で探す傾向が強まった。
国文学研究資料館館長、ロバート・キャンベルさん(60)は「IT化が進み、人々の感覚も変わった」と指摘する。スマートフォンやタブレット端末で文字を追うのは「『読む』というより『見る』という感覚で、分かりやすいものが受け入れられやすい」と話す。
中高生のころからネットになじみ、自分に心地よい言葉だけを選ぶ人もいる。キャンベルさんは「違和感を持つものに触れ、異なる考えの人を理解する力をつけてほしい。それが社会の分断を防ぐことにもつながる」。
私立灘高校(神戸市)を10年に卒業した古賀健太さん(26)は、文化こそ人々が理解し合い、つながるために必要なものだと信じている。
中高生のとき、夏目漱石、森鴎外ら日本文学を読みあさり、日本人とは何か考えた。「世界で影響力のある100人」になぜ日本人は少ないのか。そんな疑問から海外に進学することを決め、米エール大に入った。
渡米当初は演劇を専攻。さまざまな国の学生と付き合ううちに「人が理解しあうには文化による感動の力が大きい」と気付いた。日米を行き来しながら、日本の高校生のために演劇や音楽を専攻する海外の大学生が学びの面白さを伝えるサマーキャンプ「GAKKO」を主催。世界で通用する価値を作り出す力のある人を育てるため、模索を続ける。