本場の米企業に学ぶ スポーツの産業化とは…
編集委員 北川和徳
スポーツが巨大な産業となっている米国では、日本にはない発想で成長を続けるスポーツ関連企業がたくさん登場している。米ファナティクス(フロリダ州)はMLB(米大リーグ機構)やNFL(米プロフットボールリーグ)など米プロスポーツを中心に世界中で300以上のリーグ、チームなどと契約。ファン向けのレプリカユニホームやTシャツをはじめとした多彩なグッズを製造し、主にネットのオンライン通販によって年間20億ドル(約2250億円)以上を売り上げる。現在は売り上げの約9割が米国内だが、世界を市場にすることで5年後には年間100億ドルの売り上げを目指している。
■ソフトバンクグループ、10億ドル出資
同社は近く日本でも法人を設立してビジネスを展開する。日本法人の代表に就任予定の川名正憲氏に会う機会があった。川名氏は慶大時代は体育会野球部のマネジャー。2004年に卒業して三菱商事に入社したが、スポーツビジネスで起業したいと退社した。「ファン向けのサービスを充実させることは、日本のスポーツの価値をさらに高めることにつながる」と力説する。
スポーツの価値を高めるとは、チームやリーグ、競技団体がもっともっと稼げるようになるということだ。スポーツチームの収入といえば、チケット、テレビ放映権料、スポンサー広告料などが思い浮かぶが、コアなファンやサポーターの存在を考えれば、ライセンスグッズの売り上げも見逃せない。ただ、日本ではその市場を本格的に拡大しようとする取り組みはほとんどなかった。
ファナティクスについては17年夏、ソフトバンクグループが10億ドルを出資したことで日本でもニュースになった。前身は1995年に創業されたフロリダ州ジャクソンビルの地元チームを応援するファンのためのスポーツ用品を扱う店舗。スポーツリーグの公式ストアの運営などで業績を拡大し、11年に電子商取引関連のGSIコマース社の傘下に入った。GSIはその後、電子商取引・決済大手のイーベイが買収。だが、GSI創業者のマイケル・ルービン氏はファナティクスを買い戻し、世界最大のスポーツライセンス商品の製造・販売会社に成長させた。
■自前の工場や物流倉庫も
独アディダスや米ナイキといった大手スポーツ用品メーカーとの違いは、スポーツ用品ではなくファン向け商品を専門に扱うことだ。レプリカユニホームやキャップ、チームのネーム入りパーカ、Tシャツ、トレーナー、ポロシャツ、さらに小物、アクセサリーなど品ぞろえは豊富にそろう。ライセンス商品を専門に扱う業者はチームやリーグから権利を獲得した後、製造部門は外部委託するのが一般的。だが、ファナティクスは自前の工場や物流倉庫も持つ。
実際の店舗もあるが、主な販路はネットのオンライン通販。契約内容は個別に異なるものの、通常は契約したリーグ、チームの公式オンラインショップを運営する。たとえばMLBの公式ウェブサイト(MLB.com)の一角には公式ショップ(MLBshop.com)へのリンクがあり、その下にはファナティクスのロゴ。クリックすると全球団のファン向けグッズが並ぶオンラインショップに飛ぶ。同社以外の商品もそろい、売り上げに応じてリーグ、チームも潤うことになる。
現在、同社が契約するのはMLB、NFL、NBA(米プロバスケットボール協会)、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)の米四大プロスポーツにMLS(米メジャーリーグサッカー)やモータースポーツ統括団体のNASCARなど驚くほど広範囲に及ぶ。MLBとNHLは参加全チームと一括契約している。
米国外では英イングランド・プレミアリーグのチームなどとも契約。16年に英国のネットスポーツ通販会社を買収した。18年には日本のほか、ドイツにも現地法人を設立する予定で、中国への進出も視野に入れている。こうした海外展開による事業拡大の可能性にソフトバンクが注目し、巨額の出資につながったとされる。プロ野球ホークスの買収後、オーナーとしてチーム強化を進めるだけでなく、同時に球団の事業価値を着々と高めている孫正義氏らしい投資だと思う。
日本法人を担当する川名氏の説明を聞いていると、ファン向けグッズのライセンス事業について本場米国と日本の違いに驚かされる。日本ではこれまではチーム側がライセンス権を業者に売却。その後は業者に丸投げというパターンが圧倒的に多かった。チームと業者が協力して売り上げアップを目指すことはまずない。最近はチームが自らグッズの企画、販売をするケースもあるが、製造は外注となり、品ぞろえは限られる。
日本のプロ野球チーム、Jリーグクラブのオンラインショップに用意されたファン、サポーター向けTシャツの品数をMLB各球団と比べたデータを見せてもらった。各チーム平均でセ・リーグ57、パ・リーグ171、Jリーグ18。対してMLBは同873。
■機動的な商品展開力に差
この違いは機動的な商品展開力の差によっても生まれる。たとえばMLBではファンの前に訪れたメモリアルな瞬間をすかさず商品化する。個々のプレーヤーの記録達成や引退、注目新人の入団などがあると、その日のうちにさまざまな記念グッズがサイトに登場し、最速なら翌日にも手に入れられるという。
一方、日本はどうか。記念グッズを企画しても、新たに生産を外注すると手に届くまで何週間もかかる。種類も限られ、売れ筋はすぐに品切れになる。これでは盛り上がった気持ちも冷めてしまう。ショップのリピーターにもなってくれるコアなファンを開拓するチャンスをみすみす逃しているともいえる。
プロスポーツだけではない。ファナティクスは米国オリンピック委員会(USOC)の公式オンラインショップも運営し、競技団体や大学スポーツとも個別に契約している。日本法人でもプロ野球やJリーグ、Bリーグなどのほか、五輪スポーツの競技団体や大学なども顧客として想定しているという。
ファナティクスとは熱狂的なファンを意味する。チームやアスリートを応援するファンの気持ちをお金に変える。ビジネスライクな考え方に反発を感じる人もいるかもしれないが、スポーツの産業化とはある意味でそういうことなのだと思う。