透かし繊細 刻む伝統 べっ甲細工の工房(もっと関西)
ここに技あり
「現代の名工」に選ばれたベテラン職人の手つきに迷いはない。糸のこぎりを上下運動させながら、アクセサリーの材料を手元でくるっ、くるっと回す。複雑な唐草模様を表面に刻み、布製の研磨輪で磨き上げると、茶、黒、あめ色などが混在した独特の色彩と輝くようなつやが現れた。
ウミガメの一種タイマイの甲羅を用いるべっ甲細工は、正倉院にも数々の宝物が残るなど時代を超えて人々に親しまれてきた。奈良県桜井市に工房を構える池田和美さん(69)は16歳でこの世界に飛び込んだ。東京、長崎と並ぶ三大産地、大阪で学んだ高度な技術を現代に受け継ぐ。
甲羅の厚さは1枚約1~6ミリ。薄すぎて細工できないので、甲羅の持つ接着剤に似た性質を利用し、水に浸した後に熱い鉄板で圧力を加えて数枚を張り合わせる。「温度計は使わない。目と耳で判断する」と池田さん。「そろそろだな」。蒸気の量や音で鉄板の適温を見極め、継ぎ目のない板に生まれ変わらせる。
「透かし彫り」と呼ぶ彫刻表現は、ペンダントやブローチの制作が盛んな大阪での修業時代に磨いた。ドリルで穴を開けたべっ甲に糸のこを通し、斑点など自然の模様を生かした下地に沿って唐草や水紋などの図柄を数ミリ単位で掘り抜く。材料が欠けないぎりぎりのラインを攻める作業は緊張感と疲労を伴うが、池田さんは「加工具合でいろんな表情を見せる。半世紀も続けているのに飽きない」と魅力を語る。甲羅の大きさや色合いによって価格は異なるが、小ぶりな作品には2万~3万円程度のものもある。
タイマイはワシントン条約で国際取引が禁止され、1993年から輸入できなくなった。在庫や端材を利用するしかなく、関西地方の職人は最盛期の半分以下の20人程度というが「限りある資源だからこそ、思い入れも強い」(池田さん)。厳しい環境を力に変え、伝統の枠にとらわれない発想で仕事に向き合う。
琥珀(こはく)や象牙とべっ甲を組み合わせたオリジナル作品はその1つ。正倉院の宝物に用いられる貝殻の装飾「螺鈿(らでん)」の技法も取り入れるほか、同じ道を歩む次男の征二さん(37)は10月、宝石作家と組んでべっ甲を使ったアクセサリーブランドを立ち上げた。2人は「個性化の時代。職人も他にはない作品づくりに挑戦する姿勢が必要」と声をそろえる。
「人生をかけて身に付けた技なので、後継ぎがいるのはうれしい」。池田さんの思いに応えるように、征二さんは「べっ甲細工の魅力を広く伝えていかなければ」と力を込める。伝統の技を継承しながら、二人三脚で伝統工芸の未来を模索し続けている。
文 大阪社会部 西城彰子
写真 松浦弘昌