自動運転の「交通事故削減効果」 データで読み解く
自動運転が作る未来(14)
自動運転で解決が期待される社会課題の一つに、交通事故件数の大幅削減がある。実際、自動運転開発を進める企業の多くが、自動運転技術の開発目的に交通事故削減や交通事故死者数ゼロの達成を掲げる。交通事故という社会課題に対し、自動運転技術の開発・普及は効果的なソリューションとなり得るのだろうか。
交通事故原因、約9割は「ヒューマンエラー」
自動運転開発を手がける企業が「自動運転技術が普及すれば交通事故は少なくなる」と主張する根拠の一つに、現在の交通事故原因の約9割がヒューマンエラーという調査データの存在がある。
代表的なのが、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が2015年2月に発表した米国を対象とした調査データである(表)。これは2005年7月から2007年12月までに全米で発生した交通事故を対象とした調査「The National Motor Vehicle Crash Causation Survey (NMVCCS)」のデータを基にしたもので、事故原因の約94%がドライバーに起因していたと分析している。
日本ではどうだろうか。NHTSAのように、事故原因をドライバー、車両、環境に分類したものは見当たらないが、ドライバーの法令違反をヒューマンエラーと見なすと、米国とほぼ同じ状況にあることが統計データから類推できる。警察庁が公開している交通事故統計を基に、ドライバーの法令違反が事故原因だった死亡事故件数を全死亡事故件数に照らしてみると、その割合は約9割で推移していることがわかる(図1)。
交通死亡事故をもたらす原因となった法令違反にはどのようなものがあるのだろうか。警察庁の統計データによると、事故件数の多い順に「漫然運転」「脇見運転」「運転操作不適」「安全不確認」と続く(図2)。
これらの事故原因のうち、「運転操作不適」は2006年から2013年までの7年間で603件から387件まで減少したものの、2014年以降は400件を下回ることはなく、減少どころか、今後増加する気配さえある。この運転操作不適は、アクセルとブレーキのペダルを踏み間違ったり、カーブでハンドルを切るのが遅れたり、ブレーキを十分に踏み込めなかったりしたケースが該当する安全運転義務違反行為のことである。
交通死亡事故に直結する法令違反である「漫然運転」「脇見運転」「運転操作不適」「安全不確認」は安全運転義務違反に含まれる。いずれも、ドライバーのうっかりミスであり、高度な自動運転技術が実装されていれば回避できそうだ。
自動運転車は信号無視や速度超過をしない
国内の交通事故を総合的に分析している交通事故総合分析センター(ITARDA)研究部特別研究員兼研究第一課長の西田泰氏は、「法令違反をヒューマンエラーの観点で分析する場合は、故意性が低い(過失性の高い)、狭義の意味でのヒューマンエラーと考えられるもの(法令違反の安全運転義務違反が相当)だけでなく、信号無視や速度超過といった故意性の高いものをヒューマンエラーに含めるかを考慮すべきだ」と指摘する。
その上で、「現在想定されている自動運転は、信号無視や速度超過といった危険走行はしないので、過失(ヒューマンエラー)による事故だけでなく、故意性の強い危険な運転操作による事故も防止できるだろう」と分析する。
現在、自動運転開発の現場では、ドライバーの体調をカメラやセンサーで監視することで、ドライバーが安全に運転操作できる状態にあるかどうかを見極める技術開発が進んでいる。
例えば、独Daimlerは「アクティブ・エマージェンシー・ストップ・アシスト」、トヨタ自動車は「ドライバー異常時停車支援システム」(図3)という名称で、ドライバーが運転中に急病などでステアリング操作できないことをセンサーが感知したときに、安全な場所で自動停車する機能の提供を始めた。両社に共通するのは、乗員の安全を第一に考えているところだ。
このドライバー監視技術の適用領域は広く、効果は大きい。ドライバーの状態が明らかに安全な運転行為を遂行できない状態にあると判断し、運転操作を強制的に中止して路肩に止めることは、乗員の安全はもちろん、周辺の歩行者や自動車、道路周辺の建物などの安全を守るという意味でも効果がある。
例えば、悪質な違法行為である飲酒運転や居眠り運転の危険のあるドライバー(の状態)を検知したなら、そのような状態が確認されている間は運転できないようにする機能も求められるかもしれない。そして、強制的な安全制御を社会に根付かせるためには、法制度や保険制度の面からも安全制御の導入を促す仕組みが必要になるだろう。
自動運転技術は、うっかりミスによる交通事故を回避したり、被害を小さくしたりするだけでなく、悪質なドライバーの危険運転行為そのものを防止したり、抑制したりするのに効力を発揮する。自動運転技術の社会実装の課題はさまざまあるが、個々の技術で実績を積み、着実にユーザーの信頼を勝ち取ることが社会実装への近道となるはずだ。
(日経BP総研クリーンテック研究所 林哲史)
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