「道場破り」練習に飛び入り 菊池康平(上)
元海外プロサッカー選手
名刺には「海外サッカー道場破り 1勝15敗」と自己紹介している。元海外プロサッカー選手といっても華々しい戦歴があるわけではない。菊池康平(34)がプロとして契約したのはボリビアの州リーグのクラブ。しかも公式戦出場は果たしていない。
「1勝」とはこのボリビアでの契約。「15敗」はトライアウト(入団テスト)で落とされた回数ではない。プロ契約に挑戦するために訪れて失敗した国・地域の数だ。
海外でのプロ挑戦が始まったのは大学1年の夏。2001年に明大に進学したが、サッカー部の新入生は強豪高で活躍したメンバーばかり。菊池のポジションはFW。身長185センチの高さと走ることだけは負けなかったが、スキルのない自分とのレベル差を痛感し、すぐに退部した。
■プロの夢捨てきれず海外へ
でも「プロサッカー選手になる夢は捨てられなかった」。日本よりレベルの低い地域やその下部リーグならプロになれる可能性はあるのでは、と考えた。
夏休みにシンガポールリーグのクラブのトライアウトを兼ねた練習に参加した。仲介業者が企画したもので、2カ月間、約40万円かかったが、結果は不合格。だが、そこで同じ目的でやってきた南米やアフリカ、東欧の若者たちと情報交換して道が開けた。
「別にルートを持つ仲介業者に頼らなくても、練習参加やテストを受けることはできる」。学生時代はアルバイトで資金をため、長期休暇に入ると格安チケットで海外に渡るのが恒例行事となった。
今ではサッカーに限らず、海外のスポーツチームへの入団に挑戦する若者は少なくない。菊池はその先駆者ともいえる存在だが、最初のシンガポールをのぞけば、そのやり方はまさに「道場破り」。
事前に連絡してテストや練習参加を頼んでも普通は断られる。電話で交渉をするほど英語も達者ではない。だが、「チームの練習場所と練習開始時間さえ分かればなんとかなります」。
現地に着くと、サッカー協会などでまずチームの連絡先を把握。電話して練習場所と練習時間を聞き出す。後はそこに行って、シューズとウエアに着替えて待っているだけ。ほとんどのケースで練習参加なら認めてくれたという。
シンガポール、香港、オーストラリア、マレーシア、タイでプロ契約を目指した。夢に近づいたのは大学4年、タイのトップリーグに属する電力会社のチームに合流した時だった。
練習参加できた日の最初のメニューが得意の持久走。2位以下をぶっちぎりで走っていたらスコールが来て練習は中止。「今日は泊まる場所がない」というと、入寮を許された。それから約1カ月、寮生活を続け、チームにも溶け込んだ。だが、契約目前に菊池は帰国してしまう。
大学卒業後に就職する人材派遣会社パソナの内定式に出席した。タイムリミットだった。=敬称略
〔日本経済新聞夕刊6月13日掲載〕