シューターとの主客逆転も FC東京GK・林彰洋(上)
「今年は改めてキーパーというポジションの奥深さを感じている」。J1のFC東京でゴールを守る林彰洋(30)は楽しげに語る。鳥栖から移籍して1年目の今季、既にチームになくてはならない存在になっている。
林といえば、日本人GKでは破格のサイズ(身長195センチ、体重91キロ)にまず目を引かれる。「ハイボールに強い」などと評されるが、本人はそれが悩みでもあった。
「小さいGKの方がセービングとかの反射神経はいいと思われている。倒れた後の起き上がりもコンパクトに体を折り畳めて速いと。じゃあ、僕は何を強みにシュートをストップしていけばいいのか……」
解決の糸口をくれたのはGKコーチのジョアン・ミレッ(56)だった。2013年から湘南の育成部門でGKプロジェクトのリーダーを務め、今季から東京のGKコーチに転身。本国スペインでも指折りのコーチとして知られる同氏は日本代表経験がある林に対しても構え方、キャッチング、足の運び、歩数、歩幅、倒れ方、起き方に容赦なくダメだしをする。
当然、最初は抵抗もあった。「これまでの常識をことごとく覆されて。僕が教えられてきたキーパー論からすると真逆といっていいくらいだったので」。しかし、コーチの教えを少しずつ実践できるようになるにつれ、林の中で手応えが芽生えるようになった。今は確信に変わっている。
「ポジション的に正解というものがないから、あれは相手のシュートが良かった、いや、こうすれば防げていた、みたいな葛藤や矛盾を常に感じてきた。それが今年は長年の謎が少しずつ解けてきた感覚がある。ジョアン様々です」
■コーチの教えで動きの無駄排除
林によれば「ジョアンはすべてに無駄を省きたい人」。同じ距離を移動するにも、小さな歩幅で4歩より、大きな歩幅で2歩で行く。「実際に行ける範囲が大きくなってきた」。シュートに対する備えを素早くつくれるようになると、シューターとの主客関係が逆転するようにもなってきた。
「東京に来るまではシューター主導で自分は相手に合わせたポジションを取っていた。今は自分から理にかなった動きをしているので、シューターは止められそうな感覚に陥って、どんどんゴールの端っこに打ってくれて、外してくれる」
サイズだけで威圧するのではなく、無駄な動きを省いて適正な立ち位置でシューターと対峙することで、大きな体をより効果的に使えるようになってきたのだろう。
「前ならあきらめていた状況でも今は甘いコースに来たら取れちゃうよという感覚がある。絶体絶命のピンチでもチャンスをゼロから1、2、3と増やせるようになり、それが試合で出せるようになってきた。そうなるとシューターとの人間同士としての駆け引きが楽しくて楽しくて」
千葉の流経大柏高でGKに本腰で取り組み始めたのがキーパー人生最初の転機なら、今は喜びに満ちた2度目の転機の中にいる。=敬称略
〔日本経済新聞夕刊6月5日掲載〕