人づくりでクラブ変える 大分トリニータ神村昌志(上)
経営改革室長
中学までサッカー部に所属し、現在もシニアチームでプレーしているとはいえ、プロサッカーの世界とは全く縁のない人材紹介業界に身を置いてきた。
Jリーグが2015年にプロスポーツの経営人材を養成するビジネス講座、Jリーグヒューマンキャピタル(JHC)を設立しなかったら、神村昌志がJ2の大分トリニータで経営改革に携わることはなかった。
■Jリーグビジネス講座1期生
企業経営の経験が豊富で、JHCの1期生として学んだ神村を、Jリーグは16年、経営再建の途上にある大分に紹介した。大分の社長の榎徹と4時間にわたって語り合い、「社員が経営危機に慣れてしまい、新しいことにチャレンジしなくなっている」と聞いた神村は「コンサルタント的な関わり方ではなく腰を据えたい」と望み、プロの若手とユースの選手が暮らす寮に住み込んだ。
経営改革は会社の風土、体質を変えることから始める必要がある。しばらく様子を見た神村は見たままを「静か」「会話が少ない」「議論がない」「他の社員が何をしているのかわからない」などと書きだした。課題を可視化することで強く意識させる。ホワイトボードを何枚も使い、営業やホームタウン活動の目標値や実績を細かく書き出すのもそのためだ。
他のクラブに目を向けようと水戸、鹿島、大宮、川崎、岡山などに若い社員を送り、それぞれのクラブが得意とする分野を学ばせた。帰ったら、全社員の前で単なる報告ではなく、「自分ならこうする」という話をさせる。「まず書いてみる。みんなに話す。すべてを可視化することで議論が生まれる」。すべては、自分で考え、主体的に働く習慣づけのためだ。
水戸が緻密な分析をもとに全試合の集客目標を設定し、試合ごとにマーケティングを変えているのに倣い、今季は試合ごとの目標値を定めた。入場者がその節の目標を超えたら、収益の何%かを次節のマーケティングに再投資する。
「大事なのは数字を読もうと努力すること。どこまで突き詰めて数字を読むか」。ここまでホームゲームを3試合消化したが、入場者数はすべて読みを下回った。「仕事の甘さの表れ。これが経営にどう響くかを自覚しないと」
現在、8人の部長らと18~20年の3カ年計画を策定している。中期経営計画を立てるのは大分にとって初めてで、今期予算で10億円の収益をどこまで拡大する計画にするのかが問題になっている。「これは大きな目標を掲げる勇気を持つためのレッスン」。それぞれに、自分が社長のつもりで魅力的な計画を発表するスピーチをさせた。
「人を巻き込むには熱量が重要」という考えのもと、社員を鼓舞するメッセージを重ねて送る。「できることしかしなかったら夢は描けない」。神村は社員が他の業種でも通用する力を磨き、羽ばたいてほしいと願う。あふれる熱を人づくりに注ぐ。(敬称略)
〔日本経済新聞夕刊4月11日掲載〕