岡崎に続け サウサンプトン吉田が目指す「伝説」
フットボールライター 森昌利
吉田麻也(サウサンプトン)が一瞬、「これはどういうこと?」と怪訝(けげん)な表情を見せた。
1月28日、ホームで行われたアーセナルとのイングランド協会(FA)カップ4回戦。サウサンプトンが15分、22分と立て続けに2点を失うと、吉田がピッチ脇でウオームアップを始めた。するとスタンドから大きな拍手が沸き起こった。
■大きな拍手に「びっくりした」
「あんなに大きな拍手はもらったことがないから、びっくりした」
しかし、この拍手は当然だった。この3日前に行われたイングランド・リーグカップ準決勝の第2戦でCBとしてフル出場した吉田は、強敵リバプールを1-0で破る立役者になっていたからだ。この勝利でサウサンプトンは1979年以来のリーグカップ決勝進出を果たした。
リバプールは今季のプレミアリーグで最多ゴール(2月8日現在)を誇る。防戦一方だったため、吉田は「もしかしたら見ている人にはつまらない試合だったかもしれない」と語ったが、とんでもない。
0-0のまま緊迫した展開が続く中、サウサンプトンのサポーターは、まるで厳格な教会のミサに参列しているかのように、胸の前で両手を組み、祈るような姿勢で試合を凝視していた。
だから当然、全員が前掛かりになったリバプールの裏を取り、FWロングが決勝進出を確定させる1点を奪った瞬間、イングランド南端の港町から北西部の港町にやってきたサポーターのカタルシスが爆発した。
しかし、この試合の先発が発表された時点では、このようなハッピーエンドは予想できなかった。
第1戦を1-0の勝利でしのいだものの、第2戦の4日前、主将のCBフォンテのウェストハム移籍が決まっていた。
■リーグ杯準決勝、ゴール前の壁となった
唯一残っていた3部リーグ時代からの生き残りで、昨年の欧州選手権ではポルトガルの優勝に貢献したサウサンプトンの支柱的な選手。その不動のCBがチームを去った。そのうえ、1月22日に行われたレスター戦で、新主将のファンダイクが足首を故障して戦線から離脱した。
リバプールとの決戦で吉田とCBコンビを組んだのは23歳のスティーブンス。今季、ここまでわずか2試合しか公式戦に出場していなかった。
そのスティーブンスとのコンビでスタリッジ、コウチーニョ、フィルミーノ、ララーナと並んだリバプールの攻撃陣に立ち向かった。
しかし、吉田は耐えた。特に後半、リバプールは左右から高速クロスをゴール前に集めたが、吉田がその危険なクロスを頭ではね返し続けた。試合後、「何回ヘディングしたかな」と言って笑ったが、この決戦では「ゴール前の壁」となることに徹した。
23歳のパートナーには「シンプルにやろうと声をかけた」という。この「シンプル」というキーワードこそ、吉田自らがイングランドで痛いミスを犯した末に体得したものだった。
「やはり、その土地にあったサッカーをしなければならない。ここで評価される選手になるには、そういうことを意識しなくてはいけない」
■競り勝ち、止め、ブロックする
「どういうミスをしたらいけないかを、ミスを繰り返して理解したつもり。ここでは、競り勝つ、止める、ブロックする、というクラシックなディフェンスがまずは評価される」
「ビルドアップより、まずははね返す」。速くてフィジカルな攻めに対峙してきた吉田は、まずは自ら相手のボールと選手を止めることに集中する。そのうえで、最終ラインの位置取りを指示し、マークする相手を常に指さしてスティーブンスを鼓舞し続けた。
リバプール戦で吉田のリーダーシップが有効だったことは、アーセナルとのFAカップ4回戦でピュエル監督が送り出したスティーブンスとガルドスのコンビが5点取られたことでも明白だろう。
1カ月前なら、吉田がベンチからウオームアップに向かうところで大きな拍手が起こることはなかった。昨年中はフォンテとファンダイクが不動のレギュラーとしてサポーターの注視と愛情を浴びており、その関心が吉田に回ってくることはなかった。
ところがフォンテが去り、ファンダイクが負傷して、吉田がスティーブンスを率いてリバプールを零封すると、吉田がファーストチョイスのCBになった。
こう書くと、主将の移籍がなければレギュラーの座はつかめなかったと思われるかもしれないが、クラブがフォンテの「売却」を決めた裏には吉田の成長もあったはずだ。
■監督が公平にチャンスをくれた
プレミアリーグでは出番に恵まれなかったが、リーグカップや欧州リーグではレギュラー格で出場してきた。そこでしっかり結果を出し続けたから、ピュエル監督も「フォンテを放出しても吉田でいける」と判断したのだろう。
実際、昨年12月18日のボーンマスとのローカルダービーで吉田を先発起用。3-1で勝利を収めると、ピュエル監督は「ウチには幸い、素晴らしいCBが3人いる。控え選手を先発起用することでチーム全体を進歩させることができる」と話し、吉田がレギュラーの2人に迫る存在であることを示唆していた。
前監督のクーマン氏が完全にフォンテとファンダイクを優先したのに比べ、ピュエル監督は「公平にチャンスをくれる」と吉田は語り、意気に感じていいパフォーマンスを続けていた。
国内、欧州でのカップ戦、そしてボーンマス戦でのプレーを経て、吉田が注意深く試されてテストに合格したからこそ、フォンテを出したのだ。
「フォンテ、ファンダイクがいなくても、自分は自分。これまで言ってきたように、移籍期間を挟んだ半年ごとのテストだと思っている。今から半年、いや残り4カ月ほどか、僕のキャリアにとって非常に大きなポイントになる」
■リーグ杯優勝と不動のレギュラーの座
今度こそ不動のレギュラーになる。待ちに待ったチャンスが訪れ、その夢をかなえるには、リーグカップ優勝が大きな助けになるに違いない。
相手はマンチェスター・ユナイテッド。決勝に進出して「クラブがすごく盛り上がっている」と語る吉田は強豪との決勝を歓迎する。「晴れの決勝にふさわしい相手」
「個の能力はかなりたけていると思うが、マンチェスターUの組織力は疑問。戦略的な部分で、かなり大ざっぱな部分が多い」
「いかにコレクティブに(ミスをなくして)戦えるかだと思う。普通にイブラヒモビッチと競ったら負けるが、抜け出させない、競らせない、セカンドボールを拾わせない、というところで頑張っていかなきゃいけない」。すでに戦いの具体的なイメージがあることを披露し、勝機を見つめる。
「サウサンプトンは長い間、タイトルを取っていない。しかし、ここ4~5年でチームが成長してきた。ここで1つタイトルが取れれば、それが成長の証明になるし、一つの区切りにもなる」
「僕ら選手もそういう歴史の一部として自分の名を刻めるのはすごく光栄なことだと思っている」
■マンU下し、クラブの歴史になれるか
優勝とともにクラブの歴史になる。全くその通りだ。
もし、サウサンプトンがマンチェスターUを破ってリーグカップを勝ち取れば、吉田の名前もクラブに永遠に刻まれ、伝説に昇華する。
昨季のプレミアリーグ優勝で岡崎慎司がレスターのレジェンドになったように、今季は吉田の番だ。
近年、マンチェスターUをはじめとするビッグクラブにとって、リーグカップは明らかに優先順位が低く、余分な大会という扱いとなっている。そういう意味では、「ぜひともタイトルがほしい」とクラブとサポーターが一丸となっているサウサンプトンにトロフィーを取らせてあげたい。
決勝進出が決まり、恍惚(こうこつ)としていたサポーターがウェンブリースタジアムでマンチェスターUを破っての優勝を遂げたら、一体、どんな表情になるのだろうか。2月26日、彼らの喜ぶ顔が見たいという思いが膨らむばかりである。