フィギュアスケートはジャンプだけじゃない
フィギュアスケートの男子はまるで4回転ジャンプ合戦のようだ。成功するかどうかのスリリングな展開にワクワクする一方、最近は物足りないのがプログラムそのものの魅力だ。2010年バンクーバー五輪のころまでは、高い演技構成点でメダル争いに絡んでくる選手が少なくなかったが、それ以降はジャンプの得点配分が高くなり、スケーティングが上手な選手の見せ場が少なくなりつつある。「これではフィギュアスケートでない」という声もぽつぽつ聞こえるようになってきた。
■滑らかなエッジワークでため息誘う
11月のグランプリ(GP)シリーズNHK杯で、ステップだけで会場を盛り上げた選手がいた。ショートプログラム(SP)でサム・スミスによる映画「007」のテーマ曲に、フリーでは「ピアノ・レッスン」の曲に乗せて滑ったジェイソン・ブラウン(米国、22)だ。180度以上も開脚したバレエレッグに、180度近く足を上げたI字バランス……。たっぷり時間をかけて、深いエッジで滑らかなエッジワークを見せながら滑る姿に、会場からは自然とため息が漏れ、拍手がわき起こった。
しかし、これが技術点に反映されるのはステップシークエンスとコレオシークエンスなどSP、フリー計20要素のうち3要素しかない。こうした部分を評価するのがスケーティング技術やトランジション(技と技のつなぎ)、インタープリテーション(曲の解釈)など5要素で構成される演技構成点だが、ジャンプで失敗すると演技の流れが悪くなり、なかなか得点が伸びない。ジャンプで大小様々なミスをしたブラウンは、フリーにあるステップ2要素ではNHK杯優勝の羽生結弦(ANA)より高得点を出したものの、演技構成点は伸びずに7位に終わった。
ステップやトランジションは時間をとられる割に得点では報われない。逆に高難度のジャンプに成功すれば、演技構成点も比例して高くなる傾向がある。ジャンプに集中できるよう、凝った振り付けを少し控えてもいいのではないかと尋ねると、「まあね、そうした方がいいのはわかっている。でもそれをしてしまったら、僕が僕でなくなってしまう。このまま貫くよ」とブラウンは苦笑した。
■技術的に無難な演技に「おかしい」
フィギュアスケートのルールには周期がある。1990年代後半から4回転ジャンプ時代に突入した。だがまだ6点満点の時代でもあり、回転不足を得点に反映する規定はなく、雑なジャンプも多かった。その反省から06年以降、ジャンプの回転不足は厳しく減点されるようになった。4回転ジャンプに挑戦しても、少しでも回転が足りないと3回転と判定されるため、高難度ジャンプに挑戦する選手が激減。演技構成点が勝敗を分けることが少なくなかった。ジャンパーにはつらい時代で、「トランジションが少ない」とエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)は得点が伸びなかった。しかし、技術的に無難な演技が続くことに「スポーツとしておかしい」と批判がわき上がり、10年以降は「アンダーローテーション」として基礎点の70%が残る規定が生まれ、高難度ジャンプの挑戦を促すようになって現在に至っている。
ただ、「ジャンプの進化は予想以上に速かった」と国際スケート連盟(ISU)ジャッジの岡部由起子さん。岡部さんはペアとシングルのルールを決めるISU技術委員会の委員でもある。
15年世界選手権では羽生やハビエル・フェルナンデス(スペイン)が1試合で2種類計3~4度の4回転ジャンプを跳ぶのが最高だった。それが昨季は合計3種類6回の4回転ジャンプを跳ぶ金博洋(中国)が登場、羽生やフェルナンデスも計5度跳ぶようになり、今季は羽生も3種類6度、さらに17歳のネイサン・チェン(米国)が計4種類7度に挑み、技術点は急速に伸びている。
しかし、演技構成点には大きな変更はなかったため、技術点と演技構成点のバランスが悪くなってきた。そのためか、10年以降、演技構成点は少しずつ右肩上がりに伸びている。バンクーバー五輪のころは演技構成点で9点台が出るとどよめきが起き、トップ選手でも7点台は珍しくなかったが、現在はトップ選手なら9点台は当たり前、10点満点も頻繁に出ている。
■「よいと思ったものにきちんと点を」
難度の高いジャンプを跳ぶ数が増えると、ジャンプに気をとられ、演技に味を出すトランジションやエッジワークがおろそかになり、スケート用語でいう「スカスカのプログラム」になりがち。結果、ブラウンのようなジャンプ抜きでも「心に残る」演技が減っている。
「価値点の高いジャンプを跳べる選手が増えたためにゆがみを感じる人もいる。関係者の間でも『演技構成点の要素を上げないと釣り合いがとれない』という話は出ている。まだ新たなことは全く決まっていないし、シーズン中なので活発な議論はされていませんが」と岡部さん。ジャンプの得点を下げることはないとしつつ、「(価値点の高い)ジャンプさえ跳べれば勝てるというのはフィギュアスケートの方向としては正しくない」。現時点では、ジャンプの成否にかかわらず、「演技構成点の5要素のうち、どれが失敗によって影響して、どこが一番優れていて、どこが一番弱いのか、見極めないといけない。ジャッジには勇気を持って、よいと思ったものにきちんと点を出すように指導している」と岡部さん。しかし、ロシアや北米のような、ジュニアからトップまで様々なレベルの選手が多くいるフィギュア強国と、競技人口が少ない国ではジャッジに技量差があり、残念ながら事前に過去の試合のスコアシートをチェックするジャッジもいる。簡単にはいかない。
喫緊の問題として、高難度ジャンプが増えたことに伴い選手の故障リスクも高まっている。まだ体ができていないジュニア年代は特に心配だ。18年平昌五輪後まで大きなルール改正はないものの、そろそろ反動が出る時期かもしれない。昨季終盤からそうした傾向が得点にも出ている。そんな風向きも読んだか、ベテランの域に入るパトリック・チャン(25、カナダ)は4回転ジャンプの数をSP、フリー計2種類4本、フェルナンデス(25)も同5本に抑え、ミスなく演技の質を上げる方向にシフトしている。
欧州選手権、四大陸選手権、世界選手権と、最高格のISUジャッジが採点する大舞台が続く後半戦は、平昌シーズンの傾向を占う機会となる。
(原真子)