ウェールズ戦惜敗にみえたラグビー日本の熟度
2019年のワールドカップ(W杯)日本大会に向けて本格的なスタートを切ったラグビー日本代表。ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)の就任後、初の実戦となる4連戦を行っている。
3試合を終えた時点としては「ここまでやれるとは思わなかった」というのが大方の感想ではないだろうか。初代表組が17人という経験の浅い布陣。約10日という短い準備期間……。多くの不安要素の中、初戦のアルゼンチン戦には敗れたものの、同格のジョージアを倒し、昨年のW杯8強のウェールズと敵地で3点差の接戦を演じたのは価値がある。
予想を覆す健闘の理由を考えると、コーチ陣の指導の的確さと、選手による試合中の軌道修正がカギになった気がする。
若い日本代表で特に心配されていたのが、攻守の起点となるセットプレーだった。スクラムは新任の長谷川慎コーチが、所属するヤマハ発動機流の組み方を注入中。「何か聞くとすぐに具体的な解決法を教えてくれる」「ヤマハのスクラムが強い理由が分かった」と選手には好評だが、あまりにも時間が短い。おまけにFWの顔ぶれは大きく入れ替わっている。
■ウェールズ戦、スクラムはほぼ互角
第2戦のジョージア戦では、世界最強クラスの相手スクラムに崩され、反則を犯す場面が連発した。この試合、日本は初戦のアルゼンチン戦よりも低い姿勢を目指していた。左プロップ仲谷聖史(ヤマハ発動機)は「低く組む意識でやろうと言っていたが、(体を)持ち上げられて(後ろに)持って行かれた」と振り返る。ジョージアの重さや技術で日本の選手は体勢を崩され、狙い通りの形で組めなかった。
長谷川コーチにとっても想定外の内容だった。「選手は指示した通りに組んでくれたけど、僕がちょっと読み違えた。姿勢が低すぎて力が伝わりにくい組み方になり、自分達が強い姿勢で組めなかった。アルゼンチン戦と同じ組み方でもよかった」
ただ、試合直後の時点でこれだけ敗因が明確になっていれば、修正もしやすいだろう。ジョージアより圧力が劣ると長谷川コーチが見ていたウェールズ戦。姿勢をやや高くしたように映った日本のスクラムは、前半半ば以降、ほぼ互角に組むことができた。
序盤のスクラムでは反則を犯し、大きく後退させられる痛手もあったが、そこは選手同士で話し合って改善したという。
フッカー堀江翔太(パナソニック)がボールを足で後ろに送る際のミスや、後方の選手がスクラムの途中に肩を外すなど本来の動きができなかったことが原因だったとみられ、「何が悪いかが明確だったからすぐに修正できた」と堀江。「そのあとからはチャンス(のスクラム)で押そうかなって思っていたくらい」というから、手応えとしてはむしろ優勢だったことになる。
試合ごとの的確な手当ては、ボールを確保してからの攻撃でも見られた。「狙い通りの形だった」と堀江が喜んだのが、ウェールズ戦の後半14分のトライ。
敵陣でボールを奪ってからの一連の攻撃だった。右サイドで密集をつくった後、左にFWが突っ込む。再確保した球をもう1度左に運び、最後はタッチライン際でWTB福岡堅樹(パナソニック)が仕留めた。
「ジョージア戦からシェイプ(攻撃の陣形)を少し変えた分、(ウェールズに)止められなかった。毎回、同じ形だと止められていたと思う」と堀江。
この試合の日本は密集からの攻撃時に、SH田中史朗(パナソニック)からのボールをいったんSO田村優(NEC)が受けた後、すぐ横に走り込むFWに渡す形を多用していた。ジョージア戦では田中からFWが直接受けて突っ込むケースがほとんどだった。陣形の変化で相手は守備の的を絞りにくくなったはず。
■計算通りの攻め、相手守備のズレ生む
福岡のフィニッシュに至る最後の流れはさらに形が違って、田中の球をFWの堀江が直接受け、その後ろを回り込む田村に投げたことで、さらに守備のずれを生んでいる。
短時間での戦術変更と計算通りの攻めを強豪相手に完遂できたことは、攻撃を担当するトニー・ブラウン・コーチの指導力の高さだけでなく、選手の力も証明する。「短期間で(戦術を)マイナーチェンジできたのは、日本人のスキルや理解力の高さだと思う」と堀江。昨年のW杯やサンウルブズのスーパーラグビー参戦により、日本の選手のチーム構築力は上がっている。
先行きを不安視されていた若い日本代表がいい形で発進できたのは、周囲の環境も手伝ったかもしれない。チケット価格の高額設定もたたって東京・秩父宮ラグビー場が埋まらなかったアルゼンチン戦と違い、欧州での2試合は満員に近い客席が選手を迎えた。「あれくらい入ってくれるとモチベーションが高くなり、いいパフォーマンスができる要因になる」と堀江は話す。
ジョージアの首都トビリシにあるミヘイルメスキスタジアムには2万2千人が訪れた。スタンドにいると歓声は人数以上に大きく聞こえた。客席が特に盛り上がったのが、巨漢が体当たりで日本選手を吹っ飛ばした時。「ヒャッホー」という雄たけびとともに、一斉に立ち上がってガッツポーズする姿があちこちに見られた。
余談にはなるが、試合後、年代別代表に選ばれた経験があるというジョージアラグビー協会関係者と酒席を共にする機会があった。印象的だったのが「我々は試合中に負傷することを愛している」という言葉。ケガが好きなラグビー選手は日本にほとんどいないはずだが、球技より格闘技の色合いが濃いジョージアのラグビーでは、勇敢な突進で負った向こう傷は名誉なのかもしれない。
ウェールズの本拠地、プリンシパリティスタジアムには約7万4千人が詰めかけた。チケットの中心価格帯を通常より安い20~30ポンド程度に設定したことが効いたそうだが、昨年のW杯で輝いた日本を生で見られることも人気の理由だったろう。ただ、自国のファンの前でウェールズが見せたのは少々寂しい試合内容。若手のハーフ団の試合運びは拙く、近年浴びる「パワーゲームに偏りすぎ」との批判通りの試合になってしまった。
どちらかというと「肉弾系」だった2つの対戦相手と比べると、ボールが縦へ横へと大きく動く新生日本のプレーは観客の目に刺激的だったよう。試合後、最寄り駅からの長距離電車の中では「ファンタスティックな試合だった」「日本の2つのトライは素晴らしかった」などの言葉が飛び交った。
■惜敗も「伸びしろとしていい」
敵地の満座の観客を喜ばせた日本だが、課題もまだ多い。ウェールズ戦で勝ちきれなかった終盤のプレーについて、共同主将の立川理道(クボタ)は「自分たちが攻撃したいエリアで攻撃できなかった。ディシプリン(規律)も含めて反省が残った」。勝負どころで経験不足の選手にミスが起きるのはやむを得ないとはいえ、痛恨だった。
昨年の南アフリカ戦での金星のように、高い壁は越えられる時に越えておかないと、次のチャンスはなかなか訪れないのがスポーツの世界。それでも、もう1人の共同主将の堀江は前向きに話す。「悔しいけど、ここで勝ってほっとするよりは、伸びしろとしていいんじゃないか」
従来よりも多用するキックは、試合ごとに有効なものが増えてきた。守備戦術も徐々に整備が進む。組織の成熟はエディー・ジョーンズ前HC時代と比べても速い。「日本人の良さが出ているいいラグビーじゃないか。積み重ねていけばもっといいものができる」と堀江は自信を深める。選手の経験不足や短い準備期間という逆風の中で船出した日本。選手、コーチ陣の奮闘で、目指すスタイルをまずピッチの上で具現化できたことは大きかった。
(谷口誠)