今治からチャレンジする若者育てたい
サッカーの四国リーグは既に折り返し地点を過ぎ、私がオーナーを務めるFC今治は10戦全勝と順調に白星を重ねている。今は中断期間に入っていて8月からリーグは再開するが、残り4試合もしっかり勝ち切って日本フットボールリーグ(JFL)昇格に弾みをつけたいと思っている。
4月に取締役だった矢野将文がFC今治の新社長となり、私は会長に退いたけれど、日本サッカー協会の副会長職を拝命したこともあって相変わらず東と西を頻繁に行き来する毎日が続いている。何をするにしても時間が足りないというのが正直なところだ。
■8月26日から3日間のワークショップ
そういう慌ただしい日々の中で今、開催を楽しみにしているのが「バリ・チャレンジ・ユニバーシティー」というイベントだ。8月26日から28日までの3日間、今治に高校生以上の学生や若い社会人を100人ほど集めてワークショップを開講するのだ。講師は建築家の鈴木エドワードさんや元国会議員で東大教授の鈴木寛さんらFC今治のアドバイザリーボードメンバーが務めてくれる。私も学長という立場で参加する。
ワークショップを始めるきっかけをつくってくれたのも15人のアドバイザリーボードの面々だった。ニュースキャスターの国谷裕子さんらメンバーは多忙な人が多くて、なかなか一堂に会することは難しいと思っていたけれど、昨年試しに声をかけてみたら出席できなかったのは2人だけという盛況になった。
そこで今後何をすべきかという侃々諤々(かんかんがくがく)の議論があった中で、元内閣官房参与で多摩大学大学院教授の田坂広志さんが「物理的に重いものは大きければ大きいほど動かせないけれど、人の心は大きな話ほど動かせる」という話をされて、「みんなで一緒になって今治で何かをやろう」ということになった。それが今回のワークショップ型イベントの開催につながったのだ。
3日間の期間中にはアドバイザー同士のトークセッションが「スポーツと金融」「スポーツと地方創生」「スポーツと人材育成」をテーマに行われる。スポーツと金融は畑違いだが、残りの2つには自分も参加するつもりでいる。アドバイザーにはそれぞれの専門分野の知見を生かし、ワークショップを引っ張ってくれたらと思っている。
若い人を対象にしたのはFC今治が掲げる目的の一つに「チャレンジする若者を育てたい」というのがあるからだ。IT(情報技術)系の企業で働いている若いビジネスマンがわざわざ東京から今治に足を運んで私に会いにくる。そして話をした後に「リスクを背負ってチャレンジする岡田さんはカッコイイ」と褒めてくれる。自分としては大層なことをしている気はないのだが、そういう若者と話をしていると、いろんな大人からいろんな刺激を受けたがっているように感じられる。
■今回は若者向けのオープンカレッジ
自分としても、ゆくゆくは今治に野外体験授業を盛り込んだ学校みたいなものをつくりたい気持ちがある。そこで、いろんなことの手始めとして今回は若者向けのオープンカレッジを開いてみることにしたのだ。
うれしいことに、そんな話をしたら、今治で熱心に地域おこしの活動をしている若者たちや設立50周年を迎える今治のJC(日本青年会議所)も賛同し一緒にやってくれることになった。地元で長年、頑張ってきた彼らはお互いその存在は知っているし、個人個人ではつながりはあっても、全員で何かを一緒にやる、というケースはこれまであまりなかったらしい。今治市も乗ってきて菅良二市長は名誉学長を引き受けてくれた。こうやって「オール今治」の体制でイベントに取り組むこと自体が、ひょっとするとバリ・チャレンジ・ユニバの一番の成果なのかもしれない。
3日間のワークショップにはインキュベーション(起業支援)テーマとして「FC今治のオーナーとして複合型スタジアムを構想し、今治を活性化せよ」という課題を与えている。スマートスタジアムの多重活用法にテーマを絞ったのは、その方がいろんなアイデアが出やすいと思ったからだ。
5月に欧州チャンピオンズリーグ決勝の解説の仕事をした際にイタリアのトリノにある名門ユベントスのスタジアムを視察してきた。1990年ワールドカップ(W杯)の会場として使われた6万8千人収容の旧スタジアムより一回り小さな、商業施設と合体した4万人の新スタジアムにしたら、ユベントスに何が起こったか。
旧スタジアム時代は周りに時間をつぶせる施設が何もないので、お客さんはキックオフ15分前にどっと押し寄せ、試合が終わると脱兎(だっと)のごとく帰っていた。
■ユベントスの成功、日本にも示唆
それが新スタジアムでは遅くとも2時間前には到着して、試合が終わった後も開けたままの商業施設で平均で1時間半ほどお客さんは居残ることになった。お客さんの55%はスタジアムの160キロ圏外から来ているというデータもあるそうだ。託児所もあるし、行けば半日楽しく過ごせるから、そんな遠いところからでもやってくるようになったのだという。
ユベントスの成功は日本のクラブにも示唆に富むように思う。FC今治が計画するスタジアムの予定地にはオープンしたばかりのイオンのモールがある。ワークショップのテーマは、そのイオンも絡めた複合型スタジアムによる町の活性化ということになる。
学長としての私の一番の仕事はワークショップの中から出てきたアイデアを精査すること。若者たちが出してくるアイデアがイオンにとってもクラブにとっても互恵的な素晴らしいものだったら、本当にそのままイオンに持っていけばいいと思っているくらいだ。本物のオーナーとしては、実際に実現に動き出したくなるような素晴らしいアイデアが若者たちから出てきたらうれしいなと思っている。
できることなら、こういうワークショップを毎年開催したいとも思っている。毎年来る学生がいたり、FC今治の試合をボランティアで手伝う人間が出てきたり。そこからインターンシップに発展したり、今治での就職や起業につながってくれたりしたらいいなと。
若者に魅力ある仕事をつくり出すのは地方創生の要になることだが、そう簡単なことではない。それを可能にするのは前段として交流人口を増やすことが必要だと思っている。交流人口が増えれば、サービス業みたいな仕事が自然に増えるのではないか。無理やり雇用を創出するより、そちらの方が私は現実的な気がしている。
■スポーツ、交流人口増やす切り口
その交流人口を増やすのにスポーツは一つの切り口になるとも思っている。サッカーだけでは厳しいから、サッカーの試合がないときも人が集まれる複合型のスタジアムにする。その形態については自分にも腹案はあるが、今は言うまい。それよりも若い人たちがどんな提案をしてくるのかが楽しみだ。僕らの想像もつかない、突拍子もないものが出てくることを期待している。
(FC今治オーナー、サッカー元日本代表監督)