ゆっくり走り高齢者笑顔 福岡大・田中宏暁教授
途切れることなく続くマラソンブーム。こうした中、「スロージョギング」と呼ばれるランニングが国内外で注目を集める。笑顔を保ちおしゃべりできるスピード「にこにこペース」で走る方法で、年齢を問わず初心者でも始められる。ダイエットや健康への効果が見込める上、自然にスピードも上がるようになる。提唱者で福岡大学スポーツ科学部教授の田中宏暁(70)は普及のため、国内外を休む暇無く飛び回っている。
9月上旬、福岡市早良区の大原公民館に集まった高齢者約20人が館内の会議室で輪を作り、笑い声を上げながらゆっくりとジョギングしていた。「おしゃべりしながら!」「腕は振らない! スピードが出てしまうから」。田中の言葉に従いながら70代や80代の参加者も脱落することなく走ることができる。「ゆっくりなら誰でも楽しく楽々走れます。これだったらいくらでもできるでしょう?」。田中は笑顔で呼び掛けた。
田中はスロージョギング普及の講演会や学会に「盆と正月以外はほぼ毎週末」という頻度で出向く。著書が翻訳されるなどしたことで中国や米国など国外にも広まりつつあり、最近は海外からも訪問を要請されるようになった。「依頼を受けたものは可能な限り断らない。広く、多くの人に還元していくことが僕らの使命」。疲れを見せずに思いを語る。
研究者の道に進みスロージョギングの第一人者となったきっかけは大学時代に遡る。五輪選手を目標に中学校から陸上部に入部し、大学でも箱根駅伝に出場しようと強豪校で練習を続けていた。だが、慢性疲労でなかなか走れない。大学1年の秋に精密検査を受けるため病院に行くと、医師から突然の告知を受けた。「心臓に穴が開いている。激しい運動は諦めなさい」。6年後に誤診と判明したが、当時のショックは大きく、夜中にうなされるほどだった。
その頃出合ったのが、陸上の元五輪銀メダリストのコーチが示していた練習方法だった。心拍数130程度の軽い強度で練習することで力を付けるというもの。告知を受けていたこともあり、軽運動への関心は高まっていった。
田中の研究方法で目を引くのが、自らの体でスロージョギングの効果を実証してきたことだ。ホルモンの研究のために37歳で初めて走ったフルマラソンは4時間11分1秒。9年後、「にこにこペース」で走ると週末中心のみの練習にもかかわらず3時間30分3秒まで短縮した。
減量効果を確かめた時も効果てきめんだった。朝昼の食事制限に加え、1日約5~7キロのスロージョギングでカロリーを消費をしていくとわずか約3カ月で10キロの減量に成功した。その後の大会では市民ランナー憧れの3時間切り(サブスリー)となる2時間55分11秒を記録している。
積極的に普及に取り組んできただけに、これまでの出会いは数知れない。メタボでつえをついていた当時50代の女性はスロージョギングに取り組むことで、60代でホノルルマラソンを完走するまでに。70代になった今もマラソンを続けており、「人生変わりました」と声を弾ませるという。田中は、人間が狩猟して生活していた時代に自然と長い距離を走っていたことを引き合いに「人間は走るように進化してきた」と力説する。
「70代でもう一度、サブスリーを出そうと思っている」。多忙な日々を送りながらも今も次のマラソンレースを見据え、練習を積んでいる。高齢者の体力維持・向上について研究する計画だ。スロージョギングを研究し、普及させる日々がまだまだ続く。
たなか・ひろあき 1947年(昭22年)、東京都大田区出身。70年東京教育大(現筑波大)体育卒、福岡大へ。医学博士。同大身体科学研究所所長。ランニング学会常務理事などを歴任。フルマラソン自己ベストは50歳で2時間38分48秒。
=文中敬称略
西部支社 定方美緒
写真 塩山賢