大作オペラ 王道掲げ総力 びわ湖ホール 「指環」全4部を新制作
リヒャルト・ワーグナーの大作オペラ「ニーベルングの指環(ゆびわ)」4部作の上演が、びわ湖ホール(大津市)で始まる。全曲を演奏すれば15時間を超える超大作を、同ホールの新制作によって毎年1作品、4年かけて実現する。壮大な音楽と舞台設定で描く神々の愛憎劇の見どころを紹介する。
「リング」という通称で親しまれている同作品。びわ湖ホールの芸術監督を務める指揮者、沼尻竜典は「指揮者にとってリングを振ることは一つの到達点。2007年に監督に就任して以来、いつか挑戦したいと言い続けてきた。10年たち、ようやく実現できる」と喜びをかみしめる。
今月4、5日に序夜「ラインの黄金」を上演。2018年以降「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏(たそがれ)」に取り組む。4部作を全て一から作り上げる新制作での上演は国内でも珍しく、音楽業界の注目を集めている。
「リング」は北欧神話をもとにした神々、人間、巨人族や小人族が登場し、強大な権力を象徴する指環を巡って血みどろの争いを繰り広げる。「ラインの黄金」では、神々の長ヴォータンが主人公となり、様々な駆け引きや知略を尽くすが、次第に指環の呪いの恐ろしさを知ることになる。「会社や学校、あらゆる組織の中で起こっている出来事は人間の飽くなき欲望が根底にある」と沼尻。
演出はドイツの巨匠ミヒャエル・ハンペ。昨年上演したワーグナー作「さまよえるオランダ人」と同様、最新の映像技術を駆使して視覚に訴える。背景だけでなく、前景にも薄い紗幕(しゃまく)を張って画像を映し出し、舞台を幻想的に包み込む。
一見斬新な演出法に思えるが、沼尻は「ワーグナーが思い描いた場面を再現する技術にすぎない。楽譜の精神はそのままに、王道のワーグナーを見せたい」ときっぱり。近年ドイツオペラなどで斬新な楽譜の読み替え、解釈が増えている。舞台装置や時代設定、物語のテーマすら書きかえることもあるが「奇をてらった手法でオペラの新鮮味を保つやり方は行き詰まっている」と指摘する。
専門家はどう見るか。昭和音楽大学オペラ研究所(川崎市)の石田麻子所長は「世界的にも、どんな演出のリングを制作・上演しているかは劇場のレベルの判断基準になる。まずは国内でリングを一から作り上げる劇場が生まれるという意義がある」と指摘。そのうえで、「歌手の顔ぶれも実力を見て劇場主導で決めている。劇場全体で質の高いオペラを目指す姿勢が感じ取れる」とみる。
沼尻はドイツ・リューベック歌劇場音楽総監督も務めるが、びわ湖ホールが抱える人材の力を実感している。「演出家、舞台美術家、出演者らの様々な問題を解決し、一つの方向へ持っていく。芸術監督一人の力ではできない」。
音楽評論家で日本ワーグナー協会(東京・港)に所属する横原千史氏はオペラで特定の人物や状況と結び付け、繰り返し使われる「ライトモチーフ」という短い主題に注目する。「ワーグナー作品は数々のライトモチーフが入り組んでいるが、そうした音楽の魅力を損なわない意識が今回のハンペの演出にはある。ドイツで経験を積む沼尻監督も実力的に充実した時期。4部作をどうまとめるか、腕の見せどころだろう」と大きな期待をかける。
(大阪・文化担当 安芸悟)