ベートーベンのソナタ全32曲演奏 気鋭の妙技
ピアノ奏者なら生涯一度は手がけたいと考えるベートーベンのピアノソナタ全32曲演奏に、イタリアの気鋭クリスチャン・レオッタが京都で臨む。12月と2016年4~5月に全9夜のプログラムを組んだ。主催者で会場の京都府立府民ホール・アルティ(京都市)にとっても大きな挑戦となる。
ベートーベンのピアノソナタは全曲を通して演奏すると通算9時間を超える。バッハの平均律クラビーア曲集がピアノの「旧約聖書」なら、こちらは「新約聖書」になぞらえられる。ピアニストが聖典視する双璧の一つだ。
「全曲演奏はダンテの長編叙事詩『神曲』と向き合うときのような気構えが必要。作品の完成度も、ミケランジェロのフレスコ画『最後の審判』に匹敵する」。レオッタはイタリア人らしく母国の偉大な芸術家を引き合いに出してハードルの高さを説明する。
レオッタは1979年、シチリア島のカターニャで生まれた。7歳でピアノを始め、ミラノのジュゼッペ・ベルディ音楽院でマリオ・パトゥッツィに師事。カナダ・モントリオールで初めてベートーベンのピアノソナタ全曲に挑戦し、22歳で偉業を達成した。
全曲演奏には技能だけでなく、気力や体力も求められる。経験が未熟なときは「まだ若い」と制され、いつのまにか年齢を重ねるうちに「もう無理」といわれかねない。経験と体力の双方が充実する適齢期を見極めるのは難しい。
一般的には通称「悲愴」として知られる第8番、「月光」として知られる第14番、「熱情」として知られる第23番などが人気演目。各演目が独立して演奏されることが多い。
32曲を演奏する場合、本番に向け徹底的に弾き込む練習が必要だ。1人で演奏するには負担が大きく通常は2、3年かけ、ゆったりしたプログラムを組む。
全32曲を奏者数人が分担して演奏する形式もある。例えば、びわ湖ホール(大津市)では2013年11月から全曲演奏会「俺のベートーヴェン」が始まった。15年12月にかけて開催され、関本昌平、田村響、稲垣聡、野平一郎ら10人の奏者が登場する。
今回はレオッタが1人で臨む。単独奏者による全曲演奏は国内でも例はあるが、これほどの短期間に集中して演奏するのは珍しい。35歳の若さながら、モントリオール以降も母国イタリアやメキシコ、ポーランド、メキシコ、ペルー、タイなど世界各地で全曲演奏を達成。既に20回以上にのぼる。最短3週間で弾ききった例もあり、圧倒的な集中力に定評がある。
もっとも、プログラムが短期間に集中した場合、聴き手が全てのチケットを購入しようとすると経済的負担が大きい。このためアルティでは集客にも配慮。12月に4夜、来年4月~5月に5夜という2期に分けて開く。「熱情」「月光」といった人気の演目は前期、後期とも聴けるよう両方のプログラムに盛り込んだ。
レオッタは「ベートーベンのピアノソナタは人類のかけがえのない文化資産。聴き巧者が多いといわれる日本、中でも京都という歴史的な文化都市で全曲演奏できるのは意義深い」と意気込む。
(編集委員 岡松卓也)