為替操作国解除の真意
半年に一度発表される米国為替報告書だが、今年は最新版の発表が遅れていた。外為市場も訝(いぶか)っていた。
そのような状況で、米中貿易協議「第1段階」合意署名のため中国副首相が米国に到着したタイミングを狙ったかのように、同報告書が発表された。合意署名式2日前である。
そして、今回は、中国の「為替操作国」認定を解除してみせた。
「為替操作国」認定の有無で実質的に大きな変化は生じない。もっぱら、米国側が交渉圧力・対中非難の材料として使ってきただけだ。
米国側に、認定解除で失うものは少ない。
今回は、米中合意ムード演出のために使われた感がある。
とはいえ、米国側も「人民元に関する更なる情報開示が必要」とクギを刺し牽制(けんせい)は怠らない。
対して、中国側は人民元の国際化が重要な戦略だ。すでに、合成通貨であるSDR(特別引き出し権)の構成通貨として、ドル・ユーロ・ポンド・円に次ぐ第五の通貨と国際通貨基金(IMF)により認定されている。デジタル人民元構想の前提条件として国際通貨人民元への一定の信認は必須条件だ。膨張する国内債務を債券化して外国人投資家に購入させるためにも人民元の国際化は欠かせない。それゆえ「為替操作国」のレッテルは邪魔であった。
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そもそも人民元安は中国からのマネー流出、ドル建て債務の債務不履行リスク、外為準備の減少を招く。
このような状況での米中貿易協議「第1段階」だが、薄氷の合意といえよう。トランプ氏の娘婿クシュナー上級顧問が、背後で調整役として動いたようだ。習近平(シー・ジンピン)氏最初の訪米の際にも「接待役」となった経緯がある。クシュナー氏はサウジアラビアのムハンマド皇太子ともSNS(交流サイト)でチャットする仲とされ、中東問題でも影のつなぎ役となっている。
問題は合意内容だが、最終翻訳突き合せの段階で、最後のドンデン返しのリスクはいまだ残っている。しかも、台湾・香港問題で米中が強硬な応酬をした直後のことゆえ、もとより習近平氏とトランプ氏がにこやかに報道写真に並ぶはずもない。閣僚級の署名となる。格落ちの感は否めない。
マーケット関係者でも、これをまともに「本格合意」と受けとめる人はいまい。それでも、これは売り材料ではない、ということで株は「米中接近」を好感して買われている。特段買い材料がなくても、売り材料も特になければ買われるのが今の市場の実態だ。
最近、ニューヨーク(NY)市場で最も頻繁に聞かれる単語が「モメンタム=勢い」。
過去最高値更新の勢いに乗って、行けるところまで行こう。不可避の調整局面が覚悟の上。売りにさらされても少なくとも高値圏維持は期待できる、との読みだ。
一過性の地政学的リスクより、最後は緩和姿勢を継続する米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長頼みの地合いは変わらない。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
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