金の買い方敗北、金利沈没に潮目の変化
本欄8月22日付の「ドイツ『金利沈没』の衝撃」で言及したドイツの30年物国債利回りがプラス圏に再浮上してきた。9日は一時、プラス0.02%まで上昇した。債券市場関係者の間では金利反転の象徴との受け止めが広がっている。
全般的にこれまでの「株売り、債券買い、ドル買い、円買い、金買い」のポジションに巻き戻しが起きつつある。
金市場では先週、心理的節目の1トロイオンス1550ドル台で、投機的な売り買いが激しいスクラム戦を演じた。買い方が勝てば1700ドルも視野に入るが、売り方が勝てば1400ドル台まで逆戻りしそうな「天下分け目の戦い」となった。結果は売り方が押し切り、本日は1480ドル台まで続落中だ。こうなると再び高値を更新するハードルは高い。1550ドル台が今年の高値となった可能性がある。
実物資産の金は金利を生まないので、沈没したはずの金利が水面下から再浮上すると、敏感に反応する。
本欄8月29日付の「金高騰、中期売りサイン点灯」では、プロ目線での売りシグナルの目安はロンドンとムンバイの価格差(スプレッド)と紹介した。こちらは依然1トロイオンス46ドル近傍とムンバイ価格のディスカウント状態が続く。主要現物市場であるムンバイでは高値での買い控え傾向が強い。足元の金価格下落で現地の貴金属店の店頭には客足が戻ったものの、総じて個人の売り戻し(店の買い取り)のほうが多い。
プロが現物市場のムンバイに注目するのは、ここで買われた金は長期保有されるからだ。ニューヨーク市場での先物買いポジションが積み上がっても早晩、手じまい売りが出て通年では「ゼロサムゲーム」となる。しかし、インドやドバイ、中国・上海などで購入された金の現物は買いっぱなしのため金価格を底上げする。
中国とインドの2か国で年間の金の新たな生産量の6割前後を毎年買い占めている。短期的な相場を決めるのはニューヨーク先物市場だが、中長期の価格形成の主導権は新興国の現物市場が握る。
後者は資金借り入れを伴う売買であるレバレッジがかからず、一日の売買量は先物に比べて地味なので、一般投資家の目線は派手なニューヨーク市場に向きがちだ。それゆえ、「木を見て森を見ず」のワナに陥る傾向がある。
マクロで市場を見渡すと、米中貿易摩擦が招く世界的な景気減速への懸念と、主要中央銀行による金融緩和競争を織り込み、世界的に金利の低下が加速した。そして、今週から欧州中央銀行(ECB)理事会、米連邦公開市場委員会(FOMC)、日銀の金融政策決定会合といわゆる「中央銀行ウイーク」が始まる。すでに「なけなし」の追加緩和を織り込んでいるので、一段の市場金利の低下には、サプライズ的な緩和政策の示唆や発表が必要だ。だが、金融政策の「新たな威力ある弾薬」は見当たらず、政策の限界が意識されている。
市場の期待は、もっぱら財政余力のあるドイツの政策だ。伝統的に財政規律が厳しいお国柄ゆえ、気候変動対策などの大義名分で正当化できる分野での財政支出が現実的なシナリオとみられている。米国ではムニューシン財務長官が示唆する50年債、100年債の発行案や現代貨幣理論(MMT)に漂う政治色などが意識される。
今後は金融緩和と積極財政というポリシーミックスの現実味を市場が吟味することになろう。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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