ドイツ銀の桃色の紙、リストラの生々しい実態
解雇通知のことを英語では「pink slip」、桃色の紙と言う。ピンク色の書面が多かったので一般的に使われるようになった表現だ。
週明け、国際金融市場はドイツ銀行の1万8千枚の解雇通知の話題でもちきりとなった。
一般的に解雇通知の方法は多様化している。筆者が目にした事例では、すでに職場にリストラの噂が流れており、社員たちは身構えていた。ある日の早朝、いつもは必ず定時に出社する部長の顔が見えない。職場はざわめいた。しばらくして、一人の社員が呼ばれた。それっきり席に戻ってこない。そして、また別の社員が呼ばれた。また戻ってこない。
ここで、職場は騒然となった。あとは、機械的に一人一人呼ばれて消えてゆく。昼ごろには、職場の半分近くが空席になった。午後、呼ばれなかった社員たちは、安堵するとともに改めて企業の過酷な実態を思い知らされる。
桃色の紙を渡されると、その後自席に戻ることは許されない。総務部門の社員があとでデスク内の私物をまとめて返却する。なかには、あらかじめ箱に私物をまとめていた社員もいる。特にトレーダーは、自らの成績不振でいつクビになるか分からないゆえ、普段からこの時に備えているものだ。
解雇された人への「ケアサービス」を提供する専門業者もいる。
「Displacement agency」と呼ばれる企業だ。例えば、1年間いつでも使用できるデスクを提供する。貸しビルのフロアに多くのデスクが並ぶという光景だ。さらに大手企業の人事部経験者などがコンサルタントとして雇用され、職探しを手伝うこともある。面接での振る舞い方、履歴書の書き方などを伝授する。これらのサービスに対し、リストラを実行する企業は当該社員の年収の10%を現金で支払うなどの仕組みだ。
解雇された人が、このサービスを利用しないことも珍しくない。その10%は自分が現金で欲しいというわけだ。一つのフロアに手持ち無沙汰な人たちが、ひがな一日、新聞を読んで過ごす光景が耐えられないという。一方で昼ひなかに自宅付近でウロウロされてはご近所の手前、格好が付かないと妻に言われて、毎日通うお父さんたちも少なくない。
今回のドイツ銀行のケースでは、リストラを欧州、米国、アジアと世界的に一斉に実行したようだ。トレーダーなどは、最初から割り切っているのでショックはない。だが、バックオフィスで働く人たちのなかには感情的な反応もあったようだ。解雇組と残留組が別々にリストラの説明を受けた職場もあったという。
ドイツ語圏のチューリヒで働いた経験がある筆者は、ドイツ人の愛社精神が他国より強いことを実感していたので、ドイツ国内ではかなりのショックとなったことは想像にかたくない。
日本企業に勤める若手社員から転職の相談を受けることがある。日本企業が世界基準でいかに社員に優しいか、理解したうえで決断せよ、と説いている。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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