パウエルFRB議長の「満額回答」
パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は事あるごとに「忍耐強く」を繰り返し、経済データを見つつ慎重に決める姿勢を市場に印象づけていた。マーケットには、FRBが米中貿易戦争の経済的影響を楽観視している、との見解が流れた。焦(じ)れた市場は、見切り発車で年内利下げを織り込み始めた。FRBとマーケットの金利予想水準予測には乖離(かいり)が生じていた。
そのような市場環境の中で、4日にシカゴでFRB主催の会議が開催された。パウエル氏の発言は、前回まで頻繁に使われた「忍耐強く待つ」との表現が消えて、「状況により適切に対応する」に変わっていた。
この会議前にすでにセントルイス地区連銀総裁ブラード氏とクラリダFRB副議長から利下げ容認発言が相次いでいたので、市場はこれを追認と解釈した。
さらに市場では、米中貿易戦争に関して、中国側の歩み寄りとも解釈できる意思表明が買い材料視されていた。
そこで慌てたのが、株先安を見込み空売りに走っていた商品投資顧問(CTA=コモディティー・トレーディング・アドバイザー)などの短期投機筋だ。一斉に「空売り」を見切り買い戻しに動いた。空売り投機筋に意図的に買いをぶつけて締め上げるショート・スクイーズを連想させる様相であった。
冷静に見れば、ダウ平均の512ドル急反騰は、テクニカル要因が加速させた現象といえよう。出来高が特に膨らんだ状況ではない。
新規買いが続くか否か。今後の展開が注目される。
大手投資銀行は、相次いで利上げ観測の大転換を発表している。これまでの「利上げもあり」との予想を「年内2回利下げ」に変えた大手銀行もある。0.5%幅での利下げ予測も出てきた。
とはいえ、まだ利上げか利下げか、どちらともいえないとの慎重な観測も見られる。
6月28~29日に大阪で開催する20カ国・地域首脳会議(G20サミット)まで方向性を測りきれないとの見解も少なくない。
さらにFRB利下げの限界も懸念される。
2%台前半の米政策金利(フェデラルファンドレート=FFレート)水準では、利下げ発動の予知も限定される。パウエル氏自身、4日の講演で「1999年にFRBが開催したフォーラム」の事例と今回を比較して、当時のFF金利は5.2%で利下げが20回できた、と回顧している。さらに、当時は、日銀が低金利水準に難儀していたが、FRBにはいまだ遠い話だった、とも語り、現在のFRB金利政策の限界を示唆している。今回のパウエル講演の原稿で最も頻繁に出てくる用語はELB(金利ターゲットレンジの下限)だ。金利がELBを下回る状況を憂慮している。この傾向は、多くの民間エコノミストも共有する。
米国経済が次の景気後退期に入ったときに、金利政策に限界があるならば、結局、量的緩和を再発動せざるを得ないとの見解もある。
市場目線では、昨年は利上げ回数が材料視されたが、今年は、利下げ回数が市場変動要因となりつつある。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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