春秋
野菜や果物から旬が消えつつある昨今だが、初秋のこの時期に咲くキンモクセイには、幸いにも促成の手はまだ届いていない。小枝に鈴なりの花は、開く4、5日前に強い香りを放ち、1週間で散ってしまって地面に鮮やかな模様を作る。江戸時代に中国から伝わった。
▼かの国では「桂花」や「金桂」ともいい、名を冠した茶や酒が賞味されている。初めて米国を公式訪問中の習近平国家主席。オバマ大統領との首脳会談も組まれている。南シナ海での埋め立てや、サイバー攻撃の問題などで厳しいやりとりが予想されるが、その応酬の合間、馥郁(ふくいく)とした茶で、場が和むこともあるだろうか。
▼中国四千年の時空は茶の恵みを生んだが、折々、神仙のような存在も行き来したのだろう。春秋戦国時代が舞台の小説、中島敦「名人伝」が伝える。ある男が天下一の弓取りを目指し修行する。百発百中の技を身に付け、射ずとも射落とす「不射之射」も学ぶが、やがて木偶(でく)のような容貌となり、弓さえ手に取らなくなる。
▼老いて死の間際、男は弓を見て「何に使うものか」と3度問うた、というのが話の結末だ。1942年末に発表されたこの作品。武の道を究め、真の人格や品性を身に付けたものは、力や技に頼らずとも尊敬や崇拝を集めるものだ、とも読める。世界の命運を握る二大国のトップに手に取ってもらい、感想を聞いてみたい。