中嶋常幸(15)涙の敗北
メジャー制覇の好機逃す オーガスタの経験生かせず
ゴルフの試合で負けて泣いたのは一度しかない。86年7月の全英オープンのときだけは、涙をこらえきれなかった。
舞台はスコットランド西海岸のターンベリー(パー70)。4度目の挑戦となった世界最古のメジャー大会で、初日から寒風吹きすさぶ厳しいコンディションのなか74、67、71と耐えた私は、54ホールを終えて通算2オーバーの2位につけ、最終日を最終組で回ることになった。ちなみにメジャーの最終日最終組を経験した日本男子は、80年全米オープンでニクラウスと死闘を演じ2位に入った青木功さんと、私の2人だけである。
ツーサムプレーの同伴競技者は、1オーバーで首位のグレグ・ノーマン(オーストラリア)。同い年の彼は、欧州ツアー賞金王にはなっていたものの、優勝回数でいえば当時すでに28勝を重ねていた私のほうが断然上回っていた。スタート前に表情を見ると顔面蒼白(そうはく)だ。「ノーマンはプレッシャーでビビってるぞ。俺はいける」
強い雨風に見舞われた嵐の第3ラウンドから、最終日はどんどん天候が回復。1番(パー4)は右から強烈なアゲンストの風が吹くホールのはずが、そよ風に変わっていた。ただ、3日間戦って、私の体にはこのホールでショットを右に打ち出すことが染み込んでいた。フェアウエーからピンを狙い、本能的に右に打った第2打は思いのほか風で戻されず、グリーン右にちょっとこぼれた。
それでも、風の強さがそれほどでもないことはわかったし、「これならアプローチを寄せてパーをとれる」。ところが第3打はカップを3メートルほど通り過ぎ、パーパットは30センチオーバー。「お先に」と無造作に打ったボールはポロッとカップを外れ、いきなりダブルボギーだ。ティーショット、第2打ともダボにつながるようなショットじゃないのに。自分の不注意で最悪のスタートを招き、挽回できないまま、優勝争いからずるずる後退した。
結局1バーディー、6ボギー、1ダボの77。通算9オーバーで、メジャー初優勝を飾ったノーマンに9打差の8位タイと沈んだ。順位はマスターズと同じだったが、意味合いは全く違う。オーガスタでは、最終日のバックナインでもう一歩前に踏み出す余力がなく、微妙な感覚がいるショットを打ちきれなかった。ニクラウスらと優勝争いをしたなかで宿題をもらって帰国したのに、3カ月後の全英で、全く生かせなかった。
全米オープン(53位)を挟みはしたが、敗因をしっかり見つめて、対応する時間はあったのに……。自分では「やれる」と思いながら、結局は「非常電源」を使って戦っていたようなもの。「おまえはオーガスタで勉強してきたはずだろう? なぜバックナインで挽回できなかったんだ。いったい何をしてきたんだ」。途方もなく、自分が情けなかった。オーガスタはすごく悔しかったけど、全英は悔しさを通り越してただただ情けなく、涙がこぼれ出た。
今思えば、あのときの全英がメジャー制覇に一番近かった。「優勝できるんだ」と思いながら、マスターズの課題を克服できなかったのが敗因だ。メジャーで勝つ好機はゴルフ人生でそうそうない。ワンチャンス、ツーチャンスをどう生かすかだろう。
(プロゴルファー)
プロゴルファーの中嶋常幸さんはマスターズ、全米オープン、全英オープン、全米プロの海外メジャー4大会全てでトップ10入りしています。厳しい父親の教育を交えながらゴルフ人生をたどります。