石原信雄(22)PKO協力法
自衛隊の海外派遣に道 天皇の訪中 初めて実現
宮沢内閣は1991年(平成3年)11月5日に発足した。その直前、宮沢喜一総理大臣に呼ばれ、加藤紘一官房長官、近藤元次官房副長官とコメの市場開放問題を協議した。国際派の総理は「最後は悪者にならざるをえない」と腹を決めていた。結果的に決断する場面はなかったが、一番の悩みだと感じた。
当面の課題は自衛隊の海外派遣に道を開く法整備である。湾岸危機では国連平和協力法案が廃案になっていた。その反省からスイス...
内閣官房副長官として昭和から平成にかけて7人の首相に仕えた石原信雄さん。竹下登内閣では消費税導入、昭和天皇の崩御と改元に立ち会いました。「私の履歴書」では、幼少期からの足跡をたどります。