新たな知を生む「メタ知識」
新風シリコンバレー 米NSVウルフ・キャピタルマネージングパートナー 校條浩氏
4月12日の東京大学入学式で性差別に触れた上野千鶴子名誉教授の祝辞が話題となったが、私は「メタ知識」への言及に驚いた。
このメタ知識はイノベーションを起こす上でも鍵となる考え方だ。シリコンバレーで長くスタートアップと接していると、何度も成功させる起業家と出会う。そのような起業家と交流してたどり着いた考えがメタ知識であり、2003年にある専門誌に発表した。
メタ知識の本来の意味は、「局所的な事実や専門用語から抽象され、統合された実態やコンセプト」である。私の提唱するメタ知識は、さらに具体的にイノベーションを想定しており、シーズ(技術)から抽象化された知とニーズ(顧客や市場)から抽象化された知、の2つを指している。
単にシーズとニーズを足し合わせてもイノベーションにはつながりにくい。そこで、メタ知識というユニバーサルな視座に合わせることにより、新たな知を創造させるのである。
古い例だが、かつて私の同僚だった人物、D氏が立ち上げた米コバド・コミュニケーションズ(Covad Communications)は、その当時の世界最大の独立系DSLサービス会社として成功したいい例だ。
現在の光ケーブルによるブロードバンド通信システムの普及前は、既存の電話網の銅線を利用したDSLと呼ぶ通信方式が使われていた。D氏は「市場がいよいよブロードバンドを必要とする時期が来る」とみたが「巨大な電話会社による次世代ブロードバンドのインフラを築くには時間がかかりすぎる」と考えた。そんな時に「ケーブルモデム」という新技術で家庭にブロードバンドサービスを提供するアット・ホーム社(@Home)というスタートアップが出現した。
新しい市場の時期は熟した、とその時確信したという。さらに、米国電気通信法が改正され、既存の電話ネットワークが解放されたことで、既存電話網を借りた独立のブロードバンドサービスが可能になることを知った。
一方、その頃までに、電話網の上にブロードバンド通信を載せるDSLという技術が実用化レベルまで進化していることは、通信事業者のコミュニティーとの交流で察知していた。市場のメタ知識と技術のメタ知識が一致し、機が熟したと判断したD氏は、それまで培った人脈から参加者を募りコバド社を一気に立ち上げ、DSL事業への一番乗りを果たしたのだった。
今、AI(人工知能)による新しいサービスや新事業の検討がブームとなっている。本質的にAIに何ができるかなどの技術のメタ知識と、星の数ほどある応用分野でのニーズの理解とそのタイミングという市場のメタ知識を両にらみすることにより、新たな事業の発想が生まれる。
東大入学式の祝辞で上野氏は、こう付け加えた。「新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれる」。メタ知識とは、異文化の摩擦から新しい価値を生むための異次元の知識なのである。
[日経産業新聞2019年5月14日付]
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