ロックな恩師の未来予想
SmartTimes 久米繊維工業会長 久米信行氏
ラジカルでロックンロールなビジョナリーになりたい。数年前、私は母校の福沢諭吉記念文明塾で後輩たちにそう語った。それは昨秋、他界された恩師、平野絢子教授の生き様そのものなのである。
35年前に平野ゼミに入るまで、私は環境破壊や核戦争におびえ、人類の未来に絶望した悲観主義者だった。だが平野先生は「いま大学で学べるほど幸せなことはない。活性化しなさい」と鼓舞。私は変わった。
ラジカル。平野先生は慶応大学経済学部初の女性教授だ。「ヨコ(外国の原書)をタテにする(翻訳するだけ)のは学問ではない」が持論で、独自の発想にこだわった。例えば、父親が日本共産党のブレーンだったのにアンチ共産党で、文革に強く反対し、中国には経済改革が必要との信念を曲げなかった。
皮肉にも先生の研究を最初に認めたのは中国だった。鄧小平が開放路線に舵(かじ)を切った直後の人民日報招へい留学生に選ばれたのだ。その後、先生の予見通り、中国は発展を遂げる。当時の識者で現在の中国の隆盛を予測した人は何人いるだろう。
ロックンロール。平野先生は、一点にとどまらず進化し続けた。慶大退職後、作新学院の大学院設立に参画し、新たな研究を始めた。中国の経済改革で構想した自律的なモデルを企業経営に生かす取り組みだ。
さらに驚いたのは、ゼミのOB会で「大学院の後は個人的に海のシルクロードの研究をする。OBとの交流も終わりにする」と宣言されたことだ。そのため、先生の訃報は、母校で教授となった後輩の寄稿文で初めて知ったほどだ。名誉も人付き合いも断捨離して、最後まで自分の信念で研究を続ける。そんな孤高の生き様はロックだ。
ビジョナリー。平野先生が予見したのは中国経済のテイクオフだけでない。近未来、高度な情報ネットワークが市場経済と計画経済を統合すると看破した。当時出始めのセブンイレブンのPOSシステムを例に、おにぎりの必要個数だけでなく、お米など原材料の必要量まで、正確に予測できる未来を語った。AI活用で進化するアマゾン等のサプライチェーンが完成すれば、先生の予言に時代が追いつく。
また先生は、人は能力に応じて働き、必要に応じて分配される時代が来ると予見した。その通り、現代は優秀な若者が社会起業家になる時代で、気がつけば私もNPO活動にいそしんでいる。先生の言うとおり、私が想像するほど世の中は悪くならなかった。
残念ながら明治大学や多摩大学の教え子たちの多くが、昔の私と同じように「日本の未来は暗い」と思っている。平野先生が叱咤(しった)激励してくれたように、若者が明るい未来に目を輝かせる手本となるラジカルでロックなビジョナリーになりたい。
[日経産業新聞2018年10月26日付]
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