ToIから発想転換を
新風シリコンバレー 米NSVウルフ・キャピタルマネージングパートナー 校條浩氏
「IoT」という言葉が普通に見られるようになったが、実像については各自が違ったイメージを持っているのではないだろうか。
私は2013年に橋下徹市長(当時)から大阪市の特別顧問に招へいされた。大阪のイノベーション活動のプロデュースを託され、シリコンバレーから頻繁に大阪に通うようになった。
手始めに日本初の「ソフトウエアとハードウエアが融合した製品・サービスのハッカソン」である「ものアプリハッカソン」を開いた。裏のコンセプトはまさにIoT。ものづくり企業が集積する大阪は、インターネットをはじめとするIT(情報技術)とものづくりの融合で再活性されるとの思いからだった。
第1回で優勝したのがスタートアップのモフ(東京・千代田)だ。腕時計のようなウエアラブル端末がインターネットにつながっているアイデアはIoTそのもの。そのアイデアをもとに起業し、「ウエアラブルおもちゃ」のジャンルを開拓した。モフは運動による健康維持やリハビリの分野に広げ、ヘルスケアを中心にウエアラブルとシステムソリューションを提供する企業に進化している。
その先にあるIoTの究極の姿は、モフのようにモノからデータを生む企業が何千社、何万社と現れ、それらが連携することだ。
だが「ものアプリハッカソン」から5年がたち、まだIoTが立ち上がらない。シリコンバレーでIoTに興味がある事業家の話を聞くと、つまるところITを考えていることが分かる。「このようなデータが集まったらこんなサービスが実現できる」という考え方だ。データの源は人でもモノでもかまわず、モノを開発する発想はあまりない。
日本では「モノがインターネットにつながる」ことにより、「ものづくりの復権」だと解釈された。情報(I)によりモノ(T)がどう動かされていくかという発想は薄く、ものづくりが主導する「ToI」という意識になっている。
米テスラの電気自動車は車にソフトウエアを組み入れてインターネットにつないだものではない。最初にソフトウエアのアーキテクチャー(設計思想)があり、そのアプリケーションの先に車がぶら下がっている。同じ車に見えてもテスラはToIではなく「I」が主のIoTであるところが既存の自動車メーカーと違う。各ユーザーの運転情報はテスラの中央システムに集められ、ビッグデータとしての分析が可能になる。
そんな中、ビッグデータを売買する民間の「データ取引所」が日本で稼働するというニュースが飛び込んできた。この取引サービスを手がけるのはスタートアップのエブリセンスジャパン(東京・港)だ。中立的な運営者として取引ルールを定め、決済サービスなどを提供する。まさにIoT時代の幕開けを予感させる動きだ。
エブリセンスは創業時から支援するように私が大阪市に働きかけた会社の1つ。データ取引所の稼働で日本企業がToIからIoTに発想を転換するきっかけとなることを願っている。
[日経産業新聞2018年10月16日付]