トランプ旋風を奇貨にWTOの改革を
トランプ米大統領が世界の通商秩序を破壊している。国家安全保障を名目に、貿易相手国を一方的な制裁で威嚇する戦術である。力ずくで2国間の取引に引きずり込む手法がまかり通れば、世界貿易機関(WTO)を中心とする自由貿易体制は崩壊しかねない。
大国の自分勝手な振る舞いに歯止めをかけるには、透明な共通ルールが欠かせない。だが多国間の枠組みの要であるWTOが、機能不全に陥っているのは事実だ。この一点においてのみ、トランプ氏の主張は間違ってはいない。
多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)は、ほとんど成果を生まないまま17年間も漂流している。164もの国・地域が参加するラウンド交渉は、利害が複雑すぎて合意形成が難しい。WTOは第1の使命である通商ルールづくりで十分な役割を果たせていない。
第2の使命の紛争処理は、さらに問題が深刻だ。最終審にあたる上級委員会の定数7人のうち3人が、米国の任命反対で空席だからだ。9月にはさらに1人が任期満了となる。米国が問題視する審議遅延などを解消しないと、WTOは貿易の裁判所の機能を失う。
進むべき改革の第一歩は、旧来の関税・非関税障壁という分類やラウンド交渉の方式に固執せず、新分野の貿易自由化に果敢に挑戦することである。個別のテーマごとに、まず複数の有志国で交渉を始め、透明なルールの輪を次第に広げていく方法がある。
たとえば中国からの世界市場への供給過剰の背景には、国営企業や補助金の問題がある。各国の補助金の実態を透明化する仕組みづくりから着手すべきだ。外国企業の直接投資を認可する際に技術移転を強要する問題も、次世代の通商ルールの重要テーマとなる。
経済のデジタル化に伴い、データ移転や電子商取引、電子決済なども、WTOを舞台に議論を深める必要がある。自動車、鉄鋼、農産物など伝統的な品目で米国の保護主義が目立つが、新分野の国際ルールの策定は、米国にとっても必要な道だ。まず日本と欧州連合(EU)が連携し、米国や中国を巻き込んでいくべきである。
トランプ氏による秩序の破壊を嘆くだけでは、建設的な議論に発展しない。破壊を創造への好機ととらえるべきではないか。混乱の中にある今こそWTO改革に乗り出し、公平で自由な明日の世界貿易体制を築かねばならない。