社内起業 私は旗振るのみ
SmartTimes (村松竜氏)
「パスタ屋さんからトライアル導入の承諾をいただきました」。2014年2月、部下からこんなメッセージを受け取った。GMOペイメントゲートウェイのスマートフォン(スマホ)決済サービスの導入第1号が決まった瞬間だった。
13年夏、友人の家族に会うため、ロンドンで夏休みを過ごしていた。後に世界を席巻するタクシー配車のスマホアプリが流行し始めていた。「Hailo(ヘイロー)」だ。目的地に着くと現金もクレジットカードも出さずに降りられる。
この爽快な体験に驚いた私は「これを東京の飲食店や小売店でも実現させよう」と思い、旅行中に何度も利用して研究に熱中した。オンライン決済代行を主力事業とする当社が「実店舗」で「物理端末」を使った決済に乗り出すのだ。
帰国後、当社の「スマホ愛好部長」を呼んだ。「これしかない」と鼻息の荒い私に、彼は「間違いありません」と即答。日ごろから実店舗での決済を研究していた彼の理解は速かった。
当時、スマホアプリをつくれる社員など、社内中どこを探してもいなかった。そこでインターンシップ(就業体験)に来ていた学生や、GMOベンチャーパートナーズが投資先候補として注目していた筑波大学の学生スタートアップ企業に共同開発を持ちかけた。
数カ月後、レストランと利用者がそれぞれテーブルでスマホをタップするだけで支払いが完了するアプリが誕生した。後に当社の開発チームが改良した。
だが、オンライン決済代行を主力とする当社は、街の実店舗への営業など、したことがなかった。そもそも主力事業が急成長して人員不足が慢性化していた。
そこでボランティアを社内で募った。志願してくれた20人ほどの社員が本業の合間に契約書やサポート体制を整えたり、当社の近隣の道玄坂や桜丘町の飲食店を回り「渋谷から決済を変えましょう」を合言葉に説得してくれたりした。
地道に市場を開拓し始めてから2年後に転機が訪れた。ある銀行が当社のシステムを丸ごと使うことを決めてくれたのだ。ちょうど、金融と先端技術を組み合わせた「フィンテック」という言葉が流行し始めたころだった。法人営業は当社の得意中の得意だ。スマホ部長は「私の読み通りになりました」と言った。
同様の注文を受け、今では複数の地方銀行に導入していただいている。利用者の銀行口座から直接支払う機能も追加されるなど、当初のアプリは幾重にも進化、当社の重要サービスの1つになっている。
部長が社内起業家(イントレプレナー)として見事に采配を振った。ボランティア社員や彼らの仕事をカバーした周りの社員、アプリ開発チーム、法人営業を一気に進めた主力部隊。皆の底力を見せつけられた。振り返ると、私は旗を振っていただけだった。
[日経産業新聞2018年4月4日付]
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