デザイン思考 根付くか
新風シリコンバレー (校條浩氏)
シリコンバレーに拠点を構える、あるいは訪問する日本企業の間で「デザイン思考」が流行している。
デザイン思考は顧客視点でモノやサービスを考えることだ。自分たちがやっていることから発想するのではなく、利用者のニーズに基づいて思考することとも言い換えられる。
特に企業向けソフトウエアを開発する独SAPがデザイン思考を布教し始めてから、多くの企業が関心を持つようになった。
SAPはモバイルやクラウド、データ解析などの新規事業が既存事業の統合基幹業務システム(ERP)を超えるまでに育てたので説得力がある。デザイン思考により、新しいクラウドサービスができれば、それがSAPの顧客となる。デザイン思考の教育で有名なスタンフォード大学の「d―スクール」も、SAPの共同創業者のハッソ・プラットナー氏が個人資産を3千万ドル寄付して創設されたものだ。
実は30年ほど前までは、シリコンバレーに顧客志向の製品開発やマーケティングの発想はなかった。「よい製品をつくれば売れる」という技術志向の考え方が支配的だったのだ。
そこにマーケティングの発想を吹き込んだのがレジス・マッケンナ氏だった。彼はアップル創業者の故スティーブ・ジョブス氏を指導したことで知られる。
マッケンナ氏は画期的な製品の価値を普及させるために「ホールプロダクト」の設計を推進した。製品そのもの(コアプロダクト)に加え、サポートサービスやアプリケーション、ユーザーコミュニティーなどの無形の付加要素も完備したのがホールプロダクトだ。
アップルが最初に開発したマウスをデザインしたのは、デザイン思考コンサルティングの草分けであるIDEO(アイディオ)だった。スタンフォード大学で研究していたデビッド・ケリー氏がデザイン思考をビジネスに応用するために創業した会社だ。
顧客は現在のニーズについては語ってくれるが、将来の潜在ニーズについては本人でさえ気がついていない。斬新的な製品やサービスが顧客にどのような価値を提供できるのかを見定めるのは難しい。IDEOは顧客の行動を注意深く観察し潜在ニーズの糸口を見いだす手法を開発した。
日本にもデザイン思考の源流はあった。「ウォークマン」を送り出したソニーが代表例だろう。しかし、大半の日本企業には根づかなかった。今はコンセプトの表面をなぞる入り口についたところだ。これからは実践のフェーズに進まなければならない。
顧客の立場になってソリューション(解決策)に思いを巡らせるという、デザイン思考のフレームワークは意外に単純だ。しかし、それを実際の製品やサービスで取り組み、アイデアの中身を練り上げるには、それ相応の訓練が必要だ。
現在、デザイン思考を中身まで踏み込んで日本語で指導できる人はほとんど見当たらない。日本企業にデザイン思考を深く根付かせるには、指導者の育成が大きな課題と言える。
[日経産業新聞2018年3月27日付]
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