「今」に集中 創造力高める
新風シリコンバレー (小松原威氏)
子どもと話をしながら、ついスマートフォンをチェックしてしまう。気になる仕事で頭がいっぱいで、夕飯をほとんど味わっていない。時間に追われ続け、複数のことを同時並行で進めているため、人々は疲弊しきっている。これが、実はシリコンバレーでも大きな問題になっている。
シリコンバレーでは、音声認識スピーカーやライドシェアサービス、オンラインショップで暮らしは便利で快適になった。一方、人々はドッグイヤーと言われるほど短い時間のサイクルの中で生きている。人工知能(AI)や仮想通貨、ブロックチェーンなど新しい技術を追いかけている。世界の最先端に留まるために大きなストレスを抱え、今その瞬間を大切にすることが難しくなっている。
そうした中、シリコンバレーで静かに広がっているのがマインドフルネスだ。「今、ここ」に意識を向ける考え方であり、科学的な実証を伴った瞑想(めいそう)法である。頭を空っぽにして、今その瞬間に集中するというものだ。
グーグルはマインドフルネスの研修を採り入れており、全従業員の約10分の1が実践しているという。「サーチ・インサイド・ユアセルフ(SIY)」という言葉で日本でも数年前に広まった。かのスティーブ・ジョブズ氏も日ごろ瞑想していたのは有名な話だ。
シリコンバレーはシビアだ。効果の無いことは広まらない。最先端のIT(情報技術)企業がマインドフルネスを選んでいるのは、生産性や創造力が上がることが実証されたからだ。マインドフルネスは長期的かつ根本的な「休息の方法論」として広まっている。
当社もマインドフルネスを採り入れている。数千人の従業員が研修を受け、5千人が予約待ちだ。シリコンバレーオフィスでは、週に2回従業員が集まって瞑想をする時間がある。
シリコンバレーでは、事業を起こすときに、まず顧客の立場で考えることが大事だと言われる。だが、頭がパンク状態で本当に顧客(相手)のことがわかるのだろうか。「スタンフォード大学マインドフルネス教室」という著書があり、マインドフルネスの日本での普及に大きな役割を果したスタンフォード大学のスティーヴン・マーフィ重松先生は、「初心」の気持ちの大切さを説いている。
知識を持てば持つほど、初心の気持ちを持つことが難しくなる。だが、頭を空っぽにし、初心の気持ちを持つことで、相手の話を心から聴くことができるようになり、今その瞬間に集中できる。禅にも通じるこの考え方は、本来日本人が得意としているはずだ。現に米国のビジネススクールの学生の多くが京都を訪ね、座禅会に集うという。
創造力やイノベーションを語る前に、自分がマインドフルな状態にあるのかを確かめよう。常に初心の気持ちを持ち、家族や同僚の話を聴き、食べ物を味わい、降り立った街の匂いを感じ取ってみてはどうだろう。「今、ここ」に集中することこそ、生産性を高める働き方改革の肝なのだ。
[日経産業新聞2018年1月23日付]