開かれた経済体制維持へ協調探れ
漂流する世界秩序(下)
世界経済を支える土台になってきた自由貿易秩序がぐらついている。支え手になってきた米国がトランプ政権の誕生でむしろ秩序への挑戦者のようにふるまっているからだ。日欧などが先導役を務め、開かれた経済システムの維持・強化へ向けた協調体制を築き上げる必要がある。
米中の自国優先に懸念
トランプ政権の発足で世界は貿易戦争に突入する――。1年前に懸念された事態は今のところは幸い起きていない。大統領は就任早々、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉からの離脱を表明したが、選挙期間中に主張したような中国への一方的な高関税措置などが取られたわけではない。
だが、自由貿易体制にとって状況が徐々に悪化しているのは間違いない。米国はカナダ、メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を進めているが、米国の部材を一定程度使わなければ関税をかけるといった強硬姿勢で臨んでいる。要望が受け入れられなければ脱退も辞さない構えだ。
気に入らなければ一方的な対抗措置に踏み切るという姿勢も堅持したままだ。鉄鋼輸入が安全保障に影響を及ぼしていると判断されれば輸入制限を検討する考えは変えていない。中国による知的財産権の侵害などに対しても通商法301条に基づく制裁措置を検討している。ともに今年中に取るべき措置について判断する見通しだ。
世界貿易機関(WTO)への圧力を強めているのも気がかりだ。WTOが米国に不利な判断をする例が多い一方、市場をゆがめるような中国の対応には甘いとの不満が背景にある。紛争処理を担う上級委員の選任を遅らせるなど、WTOの機能を低下させかねない策を取っているのは看過できない。
他方、米国と並ぶ経済大国である中国の行動も、自由で公正な市場の確保という観点からは問題が多い。中国に進出する海外企業に技術移転を求めたり、企業に対する共産党の支配力を強めたりする一連の動きは、市場機能を重視するとしていた従来の方針から逸脱するものといわざるをえない。
自由貿易を先導してきた米国が自国第一主義に陥る一方、WTO加盟で自由化が進むと期待された中国はむしろ国主導の経済システムに傾く。米中両国への依存度が高い世界経済にとっては、大きな試練を迎えつつあるといえる。
この流れにどう歯止めをかけるべきか。1つ目は、新しい時代にあった自由貿易協定の積極的な推進により、保護主義の流れに対抗することだ。昨年は世界の輸出額で約2割のシェアを持つ日欧が経済連携協定(EPA)交渉を妥結させた。米国を除く11カ国によるTPPの大筋合意も実現した。
関税削減に加え、知的財産権や投資などで質の高いルールを盛り込んだ広域の連携協定が進めば、米国や中国に対する圧力になる。内にこもる米国にとっては質の高いルールに基づく交易という恩恵を享受できず、不利になるからだ。中国も競争をゆがめるような慣行を取りづらくなるだろう。
成長の果実を広げよ
2つ目は、多国間の公正なルールに基づく自由貿易体制を崩さないよう米国を説得するとともに、中国にも大国にふさわしい自由な貿易・投資環境の整備を促すことだ。それには協調的な枠組みづくりを呼びかけることが有効だ。
例えば、鉄鋼の過剰供給問題は世界的な協調によって解決可能なテーマだ。この問題を話し合うために昨年11月に開いた閣僚級会合は、日米欧など30カ国以上が参加し、補助金をはじめとした優遇策の自粛などで合意した。こうした対策の実効性を高めれば、制裁合戦などに陥らずに問題を解決できる好例がうまれることになる。
そのうえで、保護主義台頭の一因になっている人びとの生活への不安や不満の解消に取り組むことも欠かせない。重要なのは経済を安定的に成長させ、その果実を広く行き渡らせることだ。
世界経済は改善しているが、生産性や賃金が伸び悩んでいるのは先進国共通の課題だ。急速な技術革新に伴い、雇用が脅かされる人も増えている。就労や新たな技能取得への支援を強化することが求められる。
開放的な世界の経済秩序が崩れていくのか。それを防ぎ、秩序を再構築していく力がまさるのか。今年はその正念場になるだろう。