国際政治の液状化に向き合うには
漂流する世界秩序(上)
国際情勢は今年も混迷が続きそうだ。超大国の米国は自国第一主義を一段と鮮明にしており、盟主なき世界は求心力を失ったままだ。人々の不安につけ込むポピュリズムの波が勢いを増し、政治の機能不全を加速する。朝鮮半島の有事がいよいよ現実味を帯びるなかで、日本も相当の覚悟で世界と向き合わざるを得ない。
中東の戦乱などを逃れた100万人を超す難民が欧州へと押し寄せてから、間もなく3年になる。
結束が試されるEU
コミュニティーを侵食される恐怖が欧州にパニックを引き起こし、欧州連合(EU)の統合の理念を脅かした。
過激派組織「イスラム国」(IS)がシリアやイラクでの支配地域をほぼ失い、新たな難民が大量に生まれる可能性はかなり小さくなった。これで欧州は再び安定を取り戻せるのだろうか。
残念ながら、問題の根はもっと深い。難民騒動の翌年、英国民はEU離脱を選んだ。中東からの難民はさほど来ていなかったにもかかわらずだ。以前から東欧系移民の増加に不満を抱いていたのが、EUへの不信感の高まりという形で爆発した。
移動の自由がもたらす経済的利益の魅力は、テロの恐怖や文化的侵食への反発で低下した。欧州では既成の政党や理念を拒否する声を、極右勢力がすくい上げた。
昨年のフランス大統領選では極右候補が敗れたが、ドイツでは第2次世界大戦後、初めて極右政党が連邦議会の議席を獲得した。オーストリアでは与党の一角を占めるに至った。EUは底流に潜む不安にひるまず結束を保てるのか。今年はそれを探る年になる。
欧州以上に混迷を深めるのが、米国のトランプ政権だ。昨年1月に発足すると、環太平洋経済連携協定(TPP)や地球温暖化に関するパリ協定から離脱表明した。
米国の孤立主義的な志向はオバマ前政権時からあったが、国際秩序を維持したいという思いは感じられた。トランプ氏はオーストラリアなど同盟国ともささいなことで仲たがいし、米国の国際的な影響力をそぐばかりだ。
せっかくISが弱体化したのに、イスラエルの首都はエルサレムとわざわざ宣言し、イスラム世界の怒りの火に油を注いだ。テロを呼び込むような行為ともいえる。昨年末に発表した安全保障戦略で「力による平和」を打ち出したが、いまの米国に世界をねじ伏せる国力があるとは思えない。
トランプ氏とほぼ唯一、関係が良好なのが安倍晋三首相だ。日本は防衛の多くを在日米軍に依存するだけに、外交の軸足を日米同盟に置くしかないが、いざ有事のときに、気まぐれなトランプ氏がどこまで日本を守ろうとするのかはよくわからない。
安倍首相は米国の視線を再び外に向けさせ、自由主義と市場経済を基盤とする幅広い安全保障ネットワークを構築するよう促す役回りが求められる。
米国と対照的に、国際政治の舞台で存在感を増すのが中国だ。
対中国のジレンマ
10年ほど前、米軍首脳と顔を合わせた中国軍首脳が「ハワイをはさんで太平洋を東西分割しよう」と持ちかけたことがあった。
そのときは笑い話だったが、もはや絵空事とは言い切れなくなっている。習近平国家主席は昨年の中国共産党大会で「2035年までに国防と軍の近代化はおおよそ完了する」と宣言した。
軍事的に台頭する中国の勢いをそぐには、中国とロシアの間にくさびを打ち込むなどして、新興国が日米欧に一枚岩で立ち向かってこないようにする必要がある。ロシアを味方に引き寄せようとする日米の戦略は的外れではない。
だが、日本は北方領土問題、米国はロシアゲート疑惑があり、必ずしも思い通りになっているとは言いがたい。中ロとも、トランプ政権は今年11月の中間選挙を乗り切れるのか、ひいては1期4年で終わるのかどうかを見極めようとしており、大きなディールには乗ってこないだろう。
中国の海洋進出の封じ込めが必要な半面、北朝鮮の核・ミサイル開発に待ったをかけるには、中国の協力が欠かせないというジレンマも抱える。液状化し、基軸を失った世界をどうひとつにまとめていくのか。複雑化する国際政治の方程式を解くのは容易ではない。