事業会社のベンチャー投資を成功させるには
校條 浩(米ネットサービス・ベンチャーズ マネージングパートナー)
新事業創造や企業変革を進めたいという意識を持つ企業は、シリコンバレーのベンチャー企業と真剣にかかわろうと模索している。自社の資金をプールしてベンチャー投資を行う、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)がその有効な手段として注目されている。
IT(情報技術)が通信業界やエレクロニクス業界に大きな影響を与えたころから、米インテルやシスコシステムズ、フィンランドのノキア、韓国のコリアテレコムやサムスングループなどの企業が続々とCVCを始めた。最近は重電の米ゼネラル・エレクトリック(GE)や流通のウォルマート、スペインのサンタンデール銀行など、あらゆる産業分野にCVCが広がっている。その存在感は大手ベンチャーキャピタル(VC)と肩を並べるほどになっている。
CVCを理解するには、VCを理解する必要がある。VCでは、外部の投資家(リミテッドパートナー=LP)から資金を集め、ゼネラルパートナー(GP)と呼ばれるファンドマネジャーの判断で投資をする。多くの投資案件が失敗に終わるが、数少ない大きな成功案件により、全体では高い投資リターンをたたき出す。この投資リターンがVCの評価基準となる。
一方、CVCでは、一般のVCとは異なり、親会社が大半の資金を提供する。ベンチャー投資の目的は、新事業開拓への戦略的な示唆を得て、足がかりを築くことである。それには多くの優良案件に恵まれることが第一歩となる。優良案件にアクセスできるようになるには、優良な「VCコミュニティー」(VC同士の横のつながり)に入ることが前提条件となる。優良なベンチャー企業が集まってくるのは、VCコミュニティーで評判のいいVCだからだ。
CVCがVCコミュニティーに入るには、2つのことが必要だ。まず、コミュニティーにおける流儀や作法に通じ、それらを実践できること。特に意思決定のスピードが大事だ。いちいち親会社にお伺いをたてるようなCVCはなかなかコミュニティーに入れてもらえない。
もうひとつはVCの評価基準である投資リターンが出ていること。コミュニティーの一員として認められるには、勲章となるようなリターンを持っていることが必要となる。ただ、いいリターンを生み出すには、いい投資案件を持っている必要がある。そして、いい案件を集めるには、いいリターンが求められる。案件とリターンはコインの裏表の関係にある。
しかし、投資リターンだけを追求するのであれば、VCと同じになってしまう。対象となる案件の分野やフェーズ(創業直後から成長期までの段階)、規模といった投資に関する基準に加え、親会社の既存事業との整合性や既存事業を破壊する可能性の有無など、戦略的な基準をよく話し合って決めておく必要がある。
CVCのチームは親会社からはある程度独立した権限を持つことが望ましい。VCコミュニティーの流儀に整合するには、大企業の文化と一線を画する工夫が必要だからだ。逆に、CVC側にも親会社の戦略課題に詳しく、顧客を理解し、親会社の経営陣と渡り合える度量を持つメンバーを擁しておくことは言うまでもない。
CVCは、投資というVC的な要素と新事業創造という事業企画的な要素が水と油のように共存する取り組みだ。イノベーションが「既存システムの破壊と再結合」だとすれば、CVCは「企業システムのイノベーション」と言えるだろう。
[日経産業新聞2017年9月5日付]